真恋姫無双幻夢伝 第七章3話『復讐される立場で』
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   真恋姫無双 幻夢伝 第七章 3話 『復讐される立場で』

 

 

 華琳が眠る部屋の隣で待機していたアキラたちの元に、様子を見に行った秋蘭が戻ってきた。彼女が扉を開けると、部屋にいた全員が立ち上がった。

 アキラが代表して容体を聞く。

 

「…様子はどうだ?」

「過労に加えて、持病の頭痛も発病なさっている。医者が言うには、しばらくは安静が必要なご様子だと」

「しばらく、か」

 

 重い空気が漂う。皆の表情が一段と暗くなった。

アキラはその沈黙を破るためにも口火を切った。

 

「現状を説明してくれ。俺をなぜ呼んだ?」

 

 秋蘭が代表して彼に答えた。彼女はおもむろに頭を下げる。

 

「アキラ、華琳さまの代理として涼州討伐の総大将になり、魏軍を率いてほしい」

「なんだって?!」

「ええっ!」

 

 アキラや月が飛び上がるほどに驚く。あの恋でさえピクリと眉を動かして反応していた。

その一方で、秋蘭たちはその沈鬱な表情を崩そうとしない。秋蘭はその理由を説明し始めた。

 

「涼州のことは聞いているか?」

「ああ。馬騰の娘、馬超が内乱状態だった遊牧民たちをまとめ上げたと聞いた。またこちらに攻め込んできたのか?」

「その通りだ。母親の仇を討とうとしている。すでに長安付近まで迫ってきている」

「それならなぜ動かない!春蘭でも秋蘭でもいい。お前らなら華琳の代役が務まるはずじゃないのか?」

「そこからは私が説明しましょう」

 

 今度は稟が説明を始める。国内の治安は彼女の担当であった。

 

「現在、魏は3か所で反乱が発生、または発生する恐れがあります」

「3か所もか?!」

「はい。1つ目は涼州。こちらはすでに発生しています。2つ目が冀州。袁家の旧臣たちが反抗を企てている情報を掴みました。そして3つ目が新野など荊州北部。赤壁での敗戦に激怒した劉j一派が反乱の恐れありとのことです。赤壁での敗戦を我々の弱体化と捉えたのでしょう」

「姉者はすでに冀州に赴いている。私もすぐに新野へ出立する予定だ。こうした事情から涼州を担当できる者がいないのだ」

「2つとも重要な拠点だな。ふむ…」

 

 アキラが言う通り、この2つは魏にとって迅速に対処しなければならない領土である。

 まず冀州では、華琳が袁家の力を丸ごと吸収したかったという思惑もあって、袁家旧臣の力は温存されてきた。彼らが反抗すれば、魏を滅ぼしかねない大反乱に発展する恐れがある。

 そして新野は荊州の入り口、つまり対劉備軍の最前線基地である。もしここが劉備軍の手に落ちると、洛陽まで攻め上られる危険性がある。

 この2つと比べると、辺境で人口が少ない涼州は重要性が劣ると考えるべきだ。春蘭たちが先ほどの2つの箇所の治安維持を優先した理由も分かる。

 それでも他国の君主に自国の兵を預けるのは異例である。アキラはもう1人の古参の臣下の存在を思い出した。

 

「そうだ!桂花がいるじゃないか!自ら馬に乗って戦うことは出来ないが、戦術眼も見事だと名高いじゃないか」

「桂花は……その…駄目だ」

「どうしてだ?だって…」

 

 その時、壁を通して桂花の怒りの声が聞こえてきた。どうやら医者に対して文句を言っているらしい。

 

『出て行けって、どういうことよ!私が華琳さまの傍を離れるわけにいかないじゃないのよ!……なんですって?ご快癒の邪魔になるからですって?そんなわけないじゃない!私はこれからず〜っと華琳さまの隣で祈り続けるのよ!きっと良くなるはずだわ!』

「……すまないが様子を見てくる。後は稟と風から聞いてくれ」

 

 秋蘭は大きなため息を漏らすと、隣の部屋へと向かった。そしてまた壁の向こうから桂花の声が聞こえてくる。

 

『秋蘭!あんたからも何か言いなさいよ!このやぶ医者ったら、私を……って、なんで私を抱え上げているのよ?!ちょっと、どこへ連れて行くつもり?!放しなさいよ、こら!華琳さま〜、どうか、どうかご無事で〜』

 

 彼女の声が遠のいていく。この部屋にいたアキラたちも大きくため息をついた。

 

「なるほど。桂花はここを、というよりも華琳の傍を離れられないのか」

「桂花ちゃんも困りましたねー」

「まあ、そういうことですので、あなたにお願いしたいのですよ。馬超軍は大規模です。かなりの指揮能力を持った人物でなければ対処できないでしょう」

 

 それでも他国の軍を率いることは、アキラ自身も不安がある。彼は彼女たち2人にも聞いてみた。

 

「お前たちはどうだ?兵の指揮もお手の物だろう」

「褒めていただいてありがたいのですけどねー、私と稟ちゃんは新しく入ってきた方ですから、まだ大軍を指揮できるほど信頼されていないのですよー」

「それに、恥ずかしながら西方の事情に疎いのです。こんな私たちよりも、彼らを破ったことがある貴方か、そうでなければ涼州を治めていた貴女の方が適任でしょう。華琳さまの旗下の者たちも納得するはずです」

「わ、わたしですか?!」

 

 月がまた驚いて息を飲んだ。平穏に暮らしたいと願っている彼女にとって、この申し出は突然後ろから金槌で頭を殴られるような衝撃をもたらした。

 彼女は眉を八の字にしてアキラに視線を向ける。

 

「あの、アキラさん……」

 

 アキラは彼女の気持ちを読み取った。彼女に任せるわけにはいかない。彼はまた大きくため息をついた。

 

「分かったよ。やるよ」

「ではー出立は明日ですー。今日はごゆっくりー」

「私たちも参謀として同行します。すでに華琳さまから委任状を頂いておりますのでご安心を」

「それではーよろしくおねがいしますー」

 

 それだけ口早に言うと、2人はさっさと部屋を出て行った。あまりにもテキパキした行動に、アキラたちは図られた気もしないでもあった。

 

 

 アキラ率いる魏軍が長安に到着した。この一報はすぐに天水の馬軍の本陣にもたらされた。

 薄暗い陣幕の中で翠が手を震わせて、李靖来る、と書かれた文を読んでいる。そして読み終わると、怒りを露わにして破り捨てた。その名前が書かれた部分を念入りに踏みつける。

 

「李靖!李靖!李靖!李靖!!!」

「奴め、現れおったな」

 

 全身から怒気を発する彼女の後ろには、椅子に座った韓遂の姿がある。馬騰の義姉妹である彼女は、残された片方の目で翠を見た。

 

「いよいよだな」

「義叔母上!これでやっと母上たちの仇を取れる!」

「この時をどれほど待ったか……もう私には李靖の首を取ること以外の生きがいを失った」

 

としみじみ言った韓遂は、自分の右足を摩った。膝から先が無い。咸陽の戦いで一命をとりとめたものの、片足を失った彼女はもう馬に乗って戦うことが出来ない。これは遊牧民として生きる彼女たちにとって、死を宣告されたことも同然である。ここまで彼女を生かせたのは、彼女たちの中にあるアキラへの憎しみの心に他ならなかった。

 2人がその思いを強くしていると、蒲公英が本陣に駆け込んできた。

 

「遅いぞ!」

「ご、ごめんなさい…」

 

 蒲公英が叱責してきた翠に頭を下げる。最近、怒られてばかりだ。彼女は母が死んで以来、姉の笑顔を見ていない。

 視線を落とす彼女に向かって、韓遂が指示を出した。片足が無いためか、椅子に座っても傾いているその体からは、妖気さえ感じられる。

 

「蒲公英、すぐに陣触れを出せ。長安へ向かう」

「わ、分かりました!」

「早くしろよ」

「分かっているよ…お姉様……」

 

 本陣から飛び出していく蒲公英は切実に願った。明るく笑っていた姉の姿が脳裏によみがえる。

 

(これが終わったら元に戻ってくれるよね、お姉様?)

 

 山から下りてきたトンボたちが、走っていく彼女の上を自由に飛び回っていた。

 

 

 

 

 

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 その頃、アキラは長安の城壁の上からじっと西の方を凝視する。もうすぐ奴らがやってくるはずだ。

 

「10万か」

 

 よくそれだけ集められたものだと、敵のことながら感心する。各所に点在している遊牧民たちは元来、兵数の少なさを騎馬の数で補ってきたことで知られている。その彼らが10万人も集合していることは、史上稀にみる出来事であろう。

 一方でこちらは歩兵中心の12万人。兵数では勝っているが騎馬の攻撃に耐えられるか、アキラの心中に不安がよぎった。

 腕を組んでじっと考えていた彼の後ろから、月が階段を上ってきた。彼女のふわふわの髪の毛が風に舞っている。

 

「ここにいらしたのですね。シャオちゃんの部屋をどこにしようか聞きたいのですけど…」

「月、奴らをどう思う?」

 

 抽象的な質問をしてしまったが、月はしっかりとその意図を理解して返答した。

 

「これほどの大軍は私も見たことがありません。昔、私は5万人で洛陽へと赴きました。そこには大勢の遊牧民の方もいました。正直申し上げますと、その時……彼らがとても怖かった」

「なぜ?味方だろう?」

「李?さんのように彼らは心変わりしやすいのですよ、アキラさん。いつか裏切られるかもしれない。そんなことを考えてしまって、あの頃はぐっすり眠れたことがありませんでした。馬超さんも…きっと怖がっていると思います」

「………」

 

 馬超。その名前を聞くと、彼の心の中に複雑な感情が込み上げてくる。復讐を遂げてきた彼は、この風景の先にいる彼女の気持ちが痛いほど分かった。

 

「恨んでいるだろうな」

「えっ?」

「馬超だよ。俺のことを」

 

 月は彼の後ろ姿を見つめた。彼の後ろでまとめた髪が風に吹かれて揺れている。いつも大きい彼の背中が、この時は不思議と小さく感じた。

 彼女は問いかける。

 

「謝りたいのですか?」

「……いいや。殺し合いの世界だ。恨み恨まれるのが当然だ」

「でも、悲しそうな目をしています」

「…そうか……」

 

 復讐を受ける立場とはこういうことなのだろうか。このように罪の意識と向き合いながら生きていくしかないのか。深々と刺さったトゲのような痛みが、彼の心を襲う。

 しかしながら彼は謝罪するわけにはいかなかった。負けるわけにはいけない。彼は失うことが出来ないものを多く抱えている。

 

「自分の道を行くしかないな。自分が正しいと思う道を。もう後戻りはできない」

 

 彼の独白を聞いて、月は優しく微笑んだ。

 

「私たちはアキラさんについていきます。あなたが迷った時には、いつでも背中を押しましょう。だから前を向いてください。あなたの道は、私たちの道なのですから」

 

 アキラも微笑む。そして彼女に近づくといきなり抱きしめた。

 

「ありがとう、月」

「ほ、ほえ?」

 

 すっぽりと彼の胸に収まった彼女は顔を真っ赤に染める。アキラが放してからも、のぼせたようにぼーと立ちつくしていた。

 動かない彼女に対して、彼は彼女が来た理由を思い出して指示を出す。

 

「シャオの部屋のことだが、俺の部屋の隣が開いていたはずだ。そこでいい。縄はまだ解かないで監視を付けておいてくれ」

「……はい…」

 

 彼女はふらふらと危なっかしそうに階段を下りていく。やがてその足音が聞こえなくなった。

 彼は空を見上げた。雲一つない乾いた青空が頭上に広がる。大地を駆け抜ける風に吹かれて、彼は呟く。

 

「もう迷わない。そう約束したな、雪蓮」

 

 やがて彼は去った。彼が見ていた平原の奥からもうすぐ、騎馬の轟きが聞こえてくるはずだ。

 

 

 

 

 

説明
いよいよアキラと翠の戦いが始まります。
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