SFコメディ小説/さいえなじっく☆ガールACT:42
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 まっさかさまに落ちてゆく二人。どんどん上がってゆく落下速度。耳元を切る風がピウピウと甲高い音に変わってゆき、服は風圧で千切れそうにバタつく───。

「…ちょっと荒っぽすぎたかなあ…」

 ほづみは空中で夕美の腕をたぐり寄せると、たいせつなものを慈しむように両手で彼女の頭をつつみ込んでそっと抱きしめた。

「ごめんね………だけど…今は夕美ちゃんだけが頼りなんだ」

 もういちど「ごめんね」とつぶやくと、ほづみは夕美の耳元にとっておきの低音ボイスでささやいた。

 

「ゆーみーちゃーん。耳たぶ噛んじゃって、イイかな????」

 

 途端に夕美は眼をカッ、と見開いた。が、ほづみに零距離密着でラグビーボールのように抱え込まれていることに気付くや、見開いたタレ目はさらにこぼれんばかりに開かれ、次の瞬間には夕美のうぎゃーっという声と共にほづみは彼方へ飛ばされていた。

 いや、厳密には夕美が空中のその場にピタリと静止したために、振り切られたほづみが重力の法則に正直に従って落下を継続していったのであるが。

 

 

 「わちゃあああああ。しまったあああああああっっっっ!!!」

 見る見るうちにほづみは『Doodle』の航空写真マップそのままの鳥瞰図の中へ吸い込まれるように小さく見えなくなって行く。

「ほづみくぅーーーーーーーんっっっっっ!!!!!」

 必死に手を伸ばす夕美。もちろん落ちてゆくほづみに届く筈などない。

 

 いや、常識ではその筈だった。

 

 だが夕美の目に映ったのは、一度は遥か地上の風景に溶け込んで消えたほづみの姿が再び米粒のような大きさで見つかったかと思うと、あっと言う間にズームインして見る見る大きくなって無精ヒゲだらけのほづみの顔が視界いっぱいにアップになるという、安物のギャグ映画みたいなシーンだった。

 

 伸ばした二人の手と手がふたたびひとつに繋がったとき、さっきまで耳元で唸っていた風の音はウソのように止んでいた。いまや、もとどおりにほづみは夕美の手につかまってぶら下がった形で空中にふわりと浮いて静止しているのだ。

 「やあー。できたね」と、ほづみは今の今までわずか一分と待たずに地上と激突する運命だった男とはとても思えない呑気な笑顔で夕美を見上げた。

 

「いまのリリース・アンド・キャッチなんて、単独飛行初心者にしてはかなり高度な技だよ。たいしたもんだ」

 いったいこの男の神経はどうなっているのか。夕美の方はたび重なる精神的ショックに当てられて生きた心地もしないでいるのに、ほづみはというとケロリとしている。あきれると同時にむらむらと怒りもこみ上げてくる。

「この調子ならじきに慣れて自由に飛べるように…あ、あれっ?」

 ほづみの顔にパタパタ、と水滴がふりかかった。

「あ、……あほおおおおっっっ。」夕美がべそをかいていた。あふれる涙が次から次へと彼女の細いあごを伝わってほづみの真上から降り注いでくる。

「なんぼなんでも無茶しすぎやっっっっ。し…死んだらどないすんねん。あ、あんたなあっっっ。よおそんなケロッとした顔してられるなあ!? オカシイんとちゃうかっっっ」

 ほづみは降りかかるしずくに眼をしばたかせながらニッ、と笑った。

「夕美ちゃんならちゃんとできるって分ってたからね」

「な」空いている方の手のひらでぐいっと顔を拭った。「…なんぢゃその奥歯の浮くくっさい台詞わっっっっ!そんなん、分ってたまるかいな!たまたま、たまたま上手いこといっただけやないかっっっ!」

「失礼な。たまたまじゃないよ。僕も科学者の端くれだ。いい加減な賭けなどしないよ。でも、これで自由に飛ぶコツは解っただろ?」

「コツぅ!? アホいいな。真上にガーッと上がってぴゅーっと真下に落ちただけやんか。こんなんでどないして思う方角へ飛べるっちゅうんや!」

「あー、それは簡単だよ。行きたいって思う方角を見つめたら自然とそっちへ飛んでいくもんだよ。今がまさにそうだったろ?」

「そんなん知るかいな。今かて全然意識なんかしてへん」

「なに、自転車に乗ってるおばさんを思い出してご覧よ。彼女たちってさ、目線の向いた方向へ勝手に走ってしまうだろ?アレとおんなじ原理さ。」

「なんやそれ。よお言わんわ」

 

「そんなことより」

 ───薬の効き目にはタイムリミットがある。限界時間のだいたいの予測はつくが、現時点ではちゃんと計量しての試験はこれが初めてなので正確な時間までは不明だ、とほづみはリュックから取り出したハンカチで夕美の涙でべしょべしょになった顔を拭いながら告げた。

「なななな、なんやとおぉおぉ」

 それを聞かされて夕美はまたも青くなって気も遠くなりかけた。なんたって足もとの遙か下には依然としてナマの雄大な鳥瞰図が拡がっているのである。

「どどどどどどど、どどどど、どどどないしたら」

「なに大丈夫。あとは降りるだけだよ。ふ・ん・わ?り・と。できればヒトに見つからないようにって条件はあるけど」

「───し、下に降りたら絶対どつく。あんたも、お父ちゃんも」

「そうそう、このあとはちゃんとした降り方も覚えないと“どつけ”ないよ。がんばって」

「??????????!!!!」

 あまりの忌ま忌ましさに夕美は無性に腹が立った。またニコリと笑みを浮かべたほづみを見て、いっそもう一度手を放してやろうか、とも思った。

 

 なんなんだろう、この男は。いつも脳天気な笑顔を浮かべながら、そのくせどこか暗い。ひとなつっこそうな見かけとは裏腹に、どこかで感情が欠如しているような冷徹さを感じる。

 そして何に関しても、どこか見透かしたような態度がカンに障る。夕美の行動に関しても、まるで次に夕美が何をするのか、次に何が起こるのか、何もかも判っているかのようだ。

 

 だけど。

 

 夕美に向けるまなざしにウソはない───それだけは本当に思える。

 それはほづみが旅に出ていた何年かのインターバルを置いていても、夕美が中学生の頃となにも変わっていない。

 もっとも、ヘンな所もネジの弛み具合も変わっていないが。

 

〈ACT:43へ続く〉

 

 

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 (作者:羽場秋都 拝)

 

 

 

説明
父一人娘一人で家事一切もきりもりする女子学生・須藤夕美は、怪しげなテレパシー式学習法でイッキにエスパーへとステップアップ、空へ飛び出したまではよかったが…
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