アルドノア・ゼロ mico spei EPISODE.02
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アルドノア・ゼロ mico spei EPISODE.02

 

 ヴァース帝国皇宮皇帝レイレガリアの寝室前。アセイラム姫に扮したレムリナ姫が皇帝との面会に中に入ってから既に30分近くが過ぎていた。

「レムリナ姫さま。遅い、ですよね」

 エデルリッゾは不安になって隣に立つスレインを見上げた。

 皇帝の容態は危険なものだとレムリナ姫本人から聞かされている。重病人に対して見舞う時間があまりにも長過ぎる。侍女少女は言いようもない不安を抱えていた。

 一方で少年伯爵は荘厳で巨大な扉を見つめたまま姫の入室後微動だにしていない。更にポーカーフェイスに徹して心の中が全く読めない。それがまた不安を増大させていた。

「何を、お話されているのでしょうか?」

 ハークライトは皇宮内であまり喋らないように言われている。それは礼儀作法としてというよりも盗聴盗撮を避けるため。だが、待ち時間が長引くにつれ口を開かずにいられないほどに重圧が積もってきていた。

「…………エデルリッゾさん」

 侍女少女はいきなり少年伯爵に固く抱きしめられた。

「えっ? ええっ?」

 突然の事態に目を白黒させるさせて固まるしかない。だが、そんな少女の動揺を無視してスレインは更に密着して耳元で囁いてきた。まるで恋人に囁くようにして。それが監視の目を欺くためであることは理解しても少女の胸のときめきは止まらない。

 けれど、抱きしめた少年の方はドキドキとはまるで無縁なことを囁いた。

「レムリナ姫殿下がレムリナ姫殿下として部屋を出てきた場合……すぐにタルシスに戻りますよ」

「それは、どういう意味ですか?」

 エデルリッゾの質問に答えるよりも早く巨大な扉が開いた。中から出てきたのはレムリナ姫だった。光学迷彩を解いた本人の姿で。

 姫は俯いていてその表情がよく見えない。けれど、声を殺して泣いているように見えた。とても良くないことが起きたのは想像に難くなかった。

 スレインはエデルリッゾをそっと放すとレムリナ姫の元へと近付いていった。俯いたままの姫殿下の頭に手を乗せて優しく撫で始める。自然とレムリナの顔が上がりスレインに焦点を合わせていた。

「僕はあなたが生まれてきてくださったこと、そしてあなたに出会えたことを心より嬉しく思っています。お慕い申し上げます、レムリナ姫殿下」

「スレイン……っ」

 レムリナ姫を見つめるスレインの表情はとても優しかった。落ち込んでいた姫の顔に生気が戻っていくのが目に見えた。心温まる光景。なのに、スレインのその優しさにエデルリッゾは何故かゾッとした。

「タルシスに戻りますのでアセイラム姫殿下の姿にお戻りください」

「わかりました」

 スレインの優しい口調での提案にレムリナ姫は素直に従った。ブロンドに青い瞳をした少女へと姿が変わる。

「さあ、皇宮を出ますよ」

 スレインの出発の号令の下に3人は皇帝の寝室から静かに離れていった。

 

 3人は伯爵位の権限で立ち入りが許される区画まで戻ってきた。スレインはレムリナ姫の耳元に口を寄せて小声で尋ねた。

「アルドノアの起動因子の継承権は?」

「全て私が継承しています」

「即座にここの動力炉を断ち切ってしまわなかったのはご賢明な判断です」

 スレインはレムリナ姫に向かって小さく頭を下げた。

 エデルリッゾは2人のやり取りを聞いていて大きな不安に襲われている。スレインたちはわざと話題をぼかしている。そのボカしている部分に怖いものがある気がしてならない。

 それからスレインは通信用端末を取り出してハークライトと連絡を取り合い始めた。皇宮内では緊急時以外に端末を使って連絡を取ることは不敬とみなされる。にも関わらず躊躇がなかった。

「あなたの想定していた予定が繰り上がりましたよ」

 スレインの言葉はとても抽象的なものだった。だが、有能な副官にはそれだけで十分に通じているようだった。

『スレインさまたちの現在の居場所は?』

「伯爵権限区画。皇苑の間の横通路です」

『周囲に人影は?』

「ありません」

『アルドノア起動因子の継承は?』

「姫殿下が滞りなく済まされました」

『その場にて3分お待ちください。停止はその1分後。混乱に乗じて入口を目指しながらさり気なくお願いします』

「わかりました。皇宮を脱出しましたらすぐにタルシスで戻ります」

 スレインは副官との通信を切ると、時計で時刻を確かめた。それから柱の影へと3人で身を寄せる。

「レムリナ姫殿下には僕が合図をしたら皇帝陛下が起動させていたアルドノアを全て切っていただきます」

「ええっ!?」

 エデルリッゾは驚いて声を発してしまったが、レムリナ姫は静かに頷いてみせた。

「その車椅子でアセイラム姫の姿では目立ってしまいます。衛兵に護送されてしまわないように僕が背負って脱出します。適当な女性の姿にお代わりください」

「適当な女性と急に言われても……」

 レムリナ姫が困惑している。エデルリッゾは話を聞きながら瞬間的に1人の少女のイメージが思い浮かんだ。

「では、この方に変身してみてはいかがでしょうか?」

 エデルリッゾは自分の携帯用端末を取り出して1枚の画像データを2人に見せた。地球で言うところの北欧美人に当たる優しそうな少女がエデルリッゾと並んで写っていた。

 アセイラム姫が地球でセラムとして扮装し逃亡生活を送っているころに界塚伊奈帆に撮ってもらった1枚だった。

「このとても優しそうな方はどなた?」

 レムリナ姫はセラムが気に入ったようで魅入られている。

「…………私の、お姉ちゃんです」

 少しばかりの心苦しさを覚えながら嘘でも本当でもないことを述べる。

 エデルリッゾの受け答えでスレインはこの少女が何者なのか気付いたようだった。けれど、何も言わないでくれた。

「とても素敵なお姉さまですね。わかりました。私はあなたのお姉さまの姿を借りさせてもらいます」

「…………はい。ありがとうございます」

「お礼を言うのは私の方よ」

 レムリナ姫は写真のデータを元に早速光学迷彩で姿を変えてみせた。

エデルリッゾの目の前にセラムがいた。地球での苦しくも新鮮だった日々が唐突に脳裏に過る。泣いてしまいそうになるのを必死に堪える。

「どうかしら?」

「大変よくお似合いです。ですが、その服装では皇宮内で目立ってしまいます。申し訳ありませんが、服装をエデルリッゾさんと同じ侍女服に変えていただけませんか?」

「この服、見たことのないデザインで結構気に入っているのに。でも、仕方ないですね」

 セラムの服装がエデルリッゾとお揃いになる。エデルリッゾの知るセラムから少しズレてくれたことで少しだけホッとした。スレインの心遣いに感謝する。

「あなたのお姉さんに似ていますか?」

 楽しげに尋ねてくるセラムの表情と仕草は、アセイラム姫が扮装していたセラムとそっくりだった。

「はい。瓜二つです……」

「それは何だか嬉しいですね」

 嬉しそうに笑うレムリナの様はセラムそのものだった。レムリナ姫とアセイラム姫が姉妹であることを意外なところで確認してしまう。アセイラム姫のことを鮮明に思い出して胸が苦しくて仕方ない。もう限界だった。

「「きゃっ!?」」

 猛烈な突風が吹き込んできて3人は目を瞑った。エデルリッゾは泣いている姿を見られずに済んで良かったと思った。

「スレイン、これは?」

「ハークライトが先日賊に扮した連中に仕掛けさせておいた爆弾が爆発し生じた突風です。この混乱に乗じて皇宮を突破します」

「やはり、部下の悪巧みはよく把握しているのね」

「僕は悪の黒幕ですから」

 スレインはセラムに扮するレムリナ姫をその背に負った。爆弾、爆発と聞かされて再びエデルリッゾは背中に寒気が走ったが、今はスレインに従うしかない。

「下級貴族立ち入り区画まで戻ったら、皇帝陛下が起動させていたアルドノアを全て切ってください。後の工作はハークライトが上手くやってくれるでしょう」

 スレインはそれだけ言うと、皇宮の入口に向けて走り出した。エデルリッゾもその後を大人しく付いて行く。

 エデルリッゾが走っている途中で皇宮内の電気が全て消えた。レムリナがアルドノアを切った。その突然の停電は皇宮内の者たちに皇帝の死を説明がなくても予感させた。

 怒声と悲鳴が激しく聞こえてきた。皇宮内の全てのシステムが使用不能になる異常事態に警備の兵たちは混乱していた。負傷したと思しき侍女を背負って走るスレインの行く手を妨害する者はいなかった。

 皇宮の建物の外へと出る。カタフラクトが起動できず戸惑う兵士たちとそれに詰め寄る貴族たちの姿が見えた。現場は混乱していた。彼らを横目に見ながらタルシスを目指す。

 3人が機体に乗り込んだところで、上空から量産型のカタフラクトが3機、皇宮上空へと姿を現した。健在な友軍機の登場に皇宮前にいた者たちは一様に安堵の表情を見せる。

 スレインは皇宮前の混乱を無視して機体を上空へと飛び立たせる。一直線に駆け上がりながら母艦を目指す。

 エデルリッゾの目に停電を起こして暗闇に包まれた皇宮が見えた。更に高度が上がると火星全体が暗くなっている。アルドノアドライブを使用して発電されている全ての施設が稼働していない異常事態に陥っている。

「何が、起きたの……?」

エデルリッゾがこの皇宮で何が起きたのか知ったのは母艦へと戻る直前の機内でのことだった。

 

 

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「ザーツバルム伯爵軍の全艦艇及び全カタフラクト所定の配備につきました。ヴァース全域の要所に我軍の兵は既に展開済みです」

 スレインたちはタルシスで火星上宙に相対停止する母艦へと帰還した。機体のハッチを開けたところ顔を見せたのは副官のハークライトだった。副官の返答に安心感を得る。

「相変わらず仕事が早いですね」

「予定が繰り上がる可能性も予め考慮していましたので」

 ハークライトはまだセラムの外観に扮しているレムリナ姫を見た。姫はスレインの膝の上で両腕を首に回して抱きつくような態勢を取っていた。

「せっかくスレインに慰めてもらっているのだから邪魔しないで欲しいわね」

 レムリナ姫は体の向きを変えて光学迷彩を解き、ハークライトに白い目を向けた。ハークライトは慇懃無礼とも取れる冷たい目付きで返した。

「ヴァースを完全に手中に納めてからならばいくらでもご随意に」

「心にもないことをよく言いますね」

「愛のない政略結婚の重要性ならば私も心得ております」

 今回の事態の首謀者2人は反目を見せている。それも極めて個人的な感情によって。そんな2人のわだかまりを統率者としてスレインは解かなければならなかった。

「姫殿下の演説の準備は整っていますか?」

 ハークライトたちの注意が互いからスレインへと向けられる。

「原稿は既に完成しています」

「では、僕が最終チェックをします。姫殿下とエデルリッゾさんは演説に備え、休憩とお召し物を換える準備を」

「わかりました」

 スレインはレムリナ姫を抱えて機を降りる。機体内にはまだエデルリッゾが残っていた。

「僕では姫殿下の着替えを手伝えません。エデルリッゾさんの力が必要ですよ」

「はっ、はい。今行きます」

 皇帝の崩御を聞かされて混乱する侍女少女はそれでも慌てて付いてくる。その可愛らしい動きを見ていると心が癒される。

一方でこれから帝国の最高責任者になろうという少女は今でも気分が優れずにいた。

「ねえ。スレインは地獄ってどんなところだと思う?」

 レムリナ姫は袖を引っ張りながらスレインに問う。困ったような楽しんでいるような表情。これまでとこれからに戸惑いを隠せず感情を持て余しているのが見て取れた。

「さあ? ですが、その時が来れば僕や姫殿下が行くところです。今慌てて知る必要もないと思います」

 スレインの無礼とも言える回答にレムリナは特に怒りを示さなかった。むしろ深く納得を抱いていた。

「…………そうね。スレインの意見は間違ってない」

 スレインは地面へと跳び下りた。重力が弱く大きく跳ね返ってタルシスの全景が見えた。そしてその隣には整備中の一回り大きな黒い機体。今、ヴァースで軍事力と呼べるものは全てスレインの部隊に集中している。

「せっかくだから自分の足で歩いて行くわ」

 レムリナ姫は自分の足で立ち体を弾ませながら艦内を歩いて行く。嬉しそうな姫を見ていると、彼女の本当の望みがこれから行おうとしていることとは無縁であることが伺える。これは彼女から普通の幸せを奪った人々やシステムに対するただの復讐劇に過ぎない。

 そして、そんな彼女を利用して甘い汁を吸おうとしている。スレインは自分のポジションを姫殿下のちょっとした仕草から改めて感じ取ってしまう。

「アセイラム姫は僕を許さないでしょうね。許さない姫だからこそ僕は…………ッ」

 これから大事を成そうというのに落ち込んでしまう。自分に矛盾しか見出だせない。

「レムリナ姫が兎のように軽やかに跳ね回っておられます。あのお姿を見ていると私たちの心もぴょんぴょんしてきますね」

 隣を歩くエデルリッゾが場違いに明るい声を挙げた。明らかに気を使わせている。そしてそんな健気な少女を政争と自身の野望に巻き込んでしまっている。ならば……。

「エデルリッゾさんにはこれから皇帝陛下お付きの侍女になっていただきます。忙しくなりますよ」

 せめて結果だけは残して彼女の身の安全は守ろう。

 彼女を巻き込んでしまう戦いを、彼女を守るための戦いに無理やり意味付けを変える。皇女殿下と同じく本末転倒になってしまっている自分に思わず苦笑してしまう。

「どうかなされましたか?」

「気合を入れ直そうと思っただけです。さあ、アセイラム姫の理想を実現するためにまずはヴァースを握りに行きますよ」

 スレインの瞳が切れ長に、精悍なものへと変わる。少年は、己を修羅の道へと歩ませ直す覚悟を決め直した。

 

 

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 スレイン一行が母艦に戻って1時間後、スレイン・ザーツバルム・トロイヤード伯爵とレムリナ・ヴァース・エンヴァース皇女殿下による帝国全土への緊急放送が始まった。聴衆が1人もいない中での艦内放送。だが、その内容はヴァース帝国の根幹を切り崩すものだった。

「みなさま、お初にお目に掛かります。私はヴァース帝国第二皇女レムリナ・ヴァース・エンヴァースと申します」

 放送の始まりはレムリナ姫による自己紹介から始まった。レムリナ姫はアセイラム姫の影武者として演説経験は豊富だった。けれど、第二皇女として喋ったことは一度もない。それどころか一般人はおろか貴族階級でも大部分の者にはその存在が知られていない。そんなレムリナ姫が、自分が皇族であることを示すには言葉よりもまず行動が必要だった。

「御覧ください。これが私が皇族、先代皇帝であるおじいさまより力を受け継いだ正当な後継者である証です」

 レムリナ姫は発電所のアルドノアドライブを起動させ首都の街に光を取り戻させた。その行為は、何をしてもアルドノアを起動させられない名門貴族よりもぽっと出の自称姫君の方が真の力を持つ者であることを如実に示す効果を産んだ。武を重んじるヴァースにおいては力の差を見せ付けることはそれ自体がひとつの権威になる。

「つい先ほど皇宮内に侵入した賊どもの暴挙により私の愛するおじいさまであるレイレガリア皇帝陛下、そしてお姉さまである第一皇女アセイラム姫殿下がお隠れになられました」

 レムリナは肉親の死を涙ながらに訴える。古典的ながらも聴衆の情に訴え反論を封じる最も効果的な手法。だが、この肉親の不幸を訴える戦術に関してはスレインとレムリナ姫・ハークライトの間で見解の相違があった。

 

『アセイラム姫殿下は生きておられますっ! 死を公表するのは僕は反対です』

『お姉さまが生きているとなれば、私が先代皇帝の後を継ぐ正統性が何もなくなります』

『私たちにとって最優先事項は政権運営の基盤を盤石なものとすることです。アセイラム姫殿下の真実についてはお目覚めになられてから改めて検討すべきかと存じます』

 結局、政権掌握のためにスレインは譲歩せざるをなかった。だが、この1件は3人が同じことを成そうとしてもその先に見ているものが異なるものであることを予見させた。

 

「私はおじいさまとお姉さまの貴き意志を引き継ぎ、アルドノアを起動させられる最後の皇族としてヴァースのためにこの身命を捧げたいと思います。若輩者のこの私にどうかみなさまのお力をお貸しください」

 事実上の皇帝就任宣言。極端な資源不足と超科学に代表されるヴァースではアルドノアを握る者が権力の圧倒的頂点に立つ。そのヴァースで唯一アルドノアを起動できるレムリナがトップになるのはある意味で自然なことだった。そこに彼女に対する崇拝がなくても。

 だが、スレインたち、特にレムリナとハークライトが目指したのは現システムの頂点に君臨することでは決してなかった。

「みなさまは私のことをこの放送を通じて初めて目にしたことと存じます。それもそのはずです。私は父ギルゼリアと卑しき身分の母の間に生まれた不義の子として疎まれその存在を公から隠され続けてきました」

 身の上話を語り始めるレムリナ。ここからが彼女とハークライトによる筋書きの真骨頂だった。

「長い間皇族として認められて来なかった私はヴァースの最下層の人間として惨めで辛い生活を送ってきました。ろくな食べ物も得ることができず、医者にも満足に掛かれませんでした。そんな生活が元で私は自分の力では立ち上がることもできない体となりました」

 自分への同情を集め、そして目的へと話を導く。レムリナのスピーチは基本に忠実な作りになっている。穿った構成は必要なかった。彼女が演説を通じて惹き込みたい主要ターゲットはスピーチ慣れして凝ったことを求める貴族ではなかったのだから。

「ですが、先代皇帝であるおじいさまのおっ、温情とお姉さまのご尽力により私は皇族の末席に加えていただく栄誉を得たのです」

 透き通る美声で演説を行っていたレムリナが一瞬声を詰まらせた。聴衆たちはレムリナが崩御した皇帝を思い出し悲しくて声を震わせたと考えるに違いなかった。だが、後ろで恭しく右手を胸の前に置いて敬礼姿勢を取っているスレインはレムリナが怒りで声を震わせたことを知っていた。この部分は感動を盛り上げるためのハークライトの創作演出、言い換えれば嘘だったのだから。

「そして、皇族として活動するようになって私は真実を悟りました。資源が極端に限られたこのヴァースの大地で虎の子の資源を貪り、民から搾取を繰り返しては興に耽り権威と権力を笠に着る愚かな貴族階級。彼らに神聖なるヴァースをもはや任せてはおけません」

 スレインとレムリナの母艦には聴衆は1人も乗っていない。けれど、もし乗っていれば仰天したに違いなかった。レムリナは貴族階級に対する非難を堂々と始めたのだから。

 貴族階級制度とはヴァース建国以来の国体に相当する。言い換えれば、国王─諸侯─騎士の契約を基盤とした中世欧羅巴の封建制度と国王の権力を強化した近世絶対王政を組み合わせたものがヴァースの根幹を成している。

 ヴァースは火星に成立した新国家だが、地球上では数百年前に消滅した政治体制を擬似的に導入していた。レムリナはその国体にメスを入れると宣言した。それも極めて急進的な形で。それが動揺を引き起こさないわけがない。

「ヴァース帝国新皇帝レムリナ・ヴァース・エンヴァースはここに宣言します。貴族制を今日ここに完全に廃止し、彼らの持つ権力・財産・軍事力などを全て国家が没収します。そして没収したものを長年の戦争続きで疲弊したみなさんに再分配したいと思います」

 この船にスレイン以外の貴族が乗っていれば怒声と悲鳴の絶叫で満ち満ちているに違いなかった。レムリナの言葉は貴族たちに全てを失えと言っているのに等しかったのだから。戦争で無条件降伏するよりまだ悪い結果だった。

 

 貴族制の解体。それこそがレムリナとハークライトが描いた共通のシナリオだった。

 2人にとってヴァースの現体制は忌むべきもので破壊すべきものだった。だが、同じシナリオを描いた2人の間で主眼点に差があるのもまた事実だった。

 己に流れる血を呪うレムリナは、自分を虐げてきた貴族たちの富と権力と権威を根こそぎ破壊することを重視していた。打倒貴族が彼女の唯一と呼べる政治的な思想だった。

 一方、第三階層出身でヴァースの大多数の民の困窮ぶりを目にし続けてきたハークライトは再分配に重きを置いていた。前ザーツバルム伯爵の下に仕官を願い出たのも彼が再分配に強い意欲を示しているからだった。再配分を通じた貴族のいない新体制の創造がハークライトの政権奪取の目的だった。

 そしてそんな2人の思惑をスレインもまた己の野望の成就のために利用していた。3人の指導者は違うものを胸に秘めながら今同じことを実行しようとしていた。

 

 

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「私が貴族制の廃止に本気であることを、これからみなさんにお見せ致します」

 レムリナは右手を振り上げ、次いでゆっくりと振り下ろした。

 放送の画面が切り替わり、スレイン軍のカタフラクト部隊の飛行映像が映し出される。現在ヴァースで唯一アルドノアドライブを起動している部隊は有力諸侯の領地内を抵抗を受けることなく低空飛行していく。

そのまま上位貴族のみが騎乗できる専用カタフラクトを攻撃し始めた。レムリナ姫の全国行脚によって各諸侯の戦力は丸裸にされておりその情報が利用されていた。

 起動できないカタフラクトはただの巨大な金属オブジェに過ぎない。伯爵位の専用カタフラクトといえども量産型カタフラクトの攻撃でいとも簡単に破壊されていく。

 その光景は聴衆たちに貴族制の崩壊を視覚的に知らしめるのに十分な効果があった。量産型カタフラクトは第三階層を、専用カタフラクトは貴族を連想させたことも一役買った。

「ヴァースの全諸侯に告げます。今から24時間以内にあなたたちの持つ全ての権限、財産、軍事力を放棄し奉還してください。放棄の証にあなた方の居城の最も目立つ所に大きな白旗を掲げてください。あなたたちがヴァースを思う真の忠義の士なのかを確かめさせてもらいます」

 自称新皇帝は諸侯たちが受け入れられるはずがない過酷な要求を平然と突き付けた。

 

『まるでテロリストの要求ですね』

 レムリナは演説原稿の執筆者であるハークライトを見ながら鼻で笑った。

『皇帝陛下の勅命です。テロリストなどと一緒にされては困ります』

 ハークライトもまたレムリナを見ながら不遜にも鼻で笑って返した。

『こんな無茶苦茶な命令を聞く貴族が一人でもいると思っているのですか?』

『いなければ全員潰せばいいだけのことです。アルドノアは貴族制を発展させる基礎となりましたが、貴族制を瞬時に崩壊させる爆弾ともなります』

 いつもは仏頂面のハークライトがわずかながら頬を緩ませている。スレイン以外に見せることのない表情をレムリナに向けていた。

『そうね。下手に恭順の意を示されると後で復権を企もうと裏で画策されかねない。それなら徹底的に潰してやった方が後顧もなくてスカッとするわね』

 レムリナはとても楽しそうに笑った。その瞳の光はとても暗いものだったが。

『全諸侯に複数の選択肢を用意したという体裁を崩さないように注意してくださいね』

 口を挟んでやんわりと2人を窘めたのはスレインだった。

『アセイラム姫殿下の理想を踏み躙り戦争に加担、または停戦工作を打たなかった各諸侯たちを僕は許せません。だからこそ、そのやり方はよく吟味してください』

 貴族制解体に関しては、スレインはレムリナ寄りの破壊に重点を置いていた。アセイラム姫の無念を晴らしたかった。

 

「レムリナ・ヴァース・エンヴァース陛下の後見人を務めさせていただいているスレイン・ザーツバルム・トロイヤードです。私は国を憂いその変革を望む陛下の崇高な思想に感銘を受けました。よってここに爵位と伯爵領、並びにその軍事力の全てを放棄し陛下に対して奉還することを宣言いたします」

 スレインはレムリナの話に呼応する形で自らの力を放棄することを宣言する。他の貴族への見せしめのために。だが、軍事力まで本当に手放す気はサラサラなかった。

「スレインの国を憂う真の忠誠を確かに受け取りました。私はここにスレイン・ザーツバルム・トロイヤードを臨時政府の首班に命じ、軍事大権を預けることをここに命じます」

 放送を聞いている貴族から見ればそれは茶番に過ぎないものだった。国内で唯一軍事力を保有しているクーデターの黒幕。その彼が自ら担ぎ出した自称皇帝の小娘に再度軍事力の正当保有者であることを承認される。自作自演も甚だしい唾棄すべき寸劇。

 だが、その自作自演劇は諸侯たちにとって悪夢に等しい物だった。王侯貴族はアルドノアの力を寡占したことにより地球人を劣等民族と蔑視し、ヴァースの多数を占める第三階層民からの搾取にも成功してきた。だが、その力を皇帝崩御により突然奪われた為に、人類史上の如何なる革命前夜よりも今のヴァース諸侯たちはその力を急激に失っていた。

「臨時政府の首班として告げる。ヴァース全諸侯は自身が得ている全ての特権を奉還せよ。これは勅命である。皇帝陛下のご意志を拒絶することは許されない」

 スレインの通達はヴァース全土の諸侯に対する宣戦布告に他ならなかった。そしてその戦いにおいて勝利を収めるだけの十分過ぎる軍事力を彼は有していた。

 アルドノアを盾に地球人やヴァース下層民に対して奢っていた者が、今度はその無力さを自分で味あわされる番になった。

 

 スレインはアセイラム姫の理想の実現を胸に秘め、レムリナは貴族階級制への恨みを抱き、ハークライトは第三階級の搾取からの解放を訴える。

 三者の思惑はある点では合致し、ある点では一致しない。合致は政権奪取への足並みを揃え、差異は新政権における方向性の違いを産んでいくことになった。

 

 

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 レムリナの皇帝就任、スレインの臨時政府首班就任宣言から72時間が経過していた。

 レムリナの勅命に従い恭順の意を示した諸侯はごく僅かだった。24時間以内に爵位の奉還に応じた37家門騎士は3人のみ。穏健派というか厭戦派で知られるヴァース内の2人の伯爵。そして地球に降下し油田地帯を占領して地球人との摩擦を極力避けながらヴァース本国への資源供給の重要性を訴え続けてきたマズゥールカ伯爵だった。

 一方で大多数の諸侯は不服従、または積極的な否認の意を示した。革命の嵐が過ぎ去るのをじっと耐える算段だった。だがそれは貴族の打倒自体を目的にしているレムリナにとって望ましい展開だった。呵責なく攻撃する口実を設けてくれているのだから。皇帝就任宣言から24時間後、少女皇帝は従わぬ諸侯に対する全面攻撃を命じた。

 貴族階級制に恨みを抱く新皇帝は既得権益層を破壊することにより国家の安定的な統治が困難になることを度外視していた。レムリナには政権を長期に渡り安定的に執政する意志がない。より刹那的な衝動に身を任せていた。諸侯たちは自称皇帝のそんな思惑を掴めずに自らを滅亡へと追いやる結果となった。

「恭順しない37家門の伯爵の内、現在までに死亡、または投降が確認された者は10名です。内、マリルシャン卿、バルークルス卿は虐げられてきた第三階層領民に屋敷に突入され抵抗を続けた末に殺害されたとの報告が入っております」

「長引く戦争で一般民衆の貴族への恨みも限界に達していたってことかしらね。あら怖い。うふふふふ」

 スレインが座乗する航宙艦の執務室。レムリナはハークライトの報告を聞きながら小さく笑みを浮かべてみせた。

「スレインをよく虐めていたあの2人の屋敷に民衆を突入させて酷い形で殺させるように扇動したのはあなたでしょ?」

 ハークライトは仏頂面のまま何も答えなかった。新皇帝の質問に否定しなかった。

「前にも言いましたが、ハークライトは本当にスレインのことが大好きですね。あなたもスレインと結婚したいのですか?」

「スレインさまは利用価値のある女と政略結婚を控えるおいたわしい身の上と心得ております」

 ハークライトはレムリナの皮肉に皮肉で返してみせた。スレインへの想いがどこまで本心なのかを悟らせずに。そしてその件にはそれ以上触れずに統治の進展具合について説明を付け足した。

「貴族階級を全て放逐した領域に対してはアルドノアを稼働させインフラを回復させると通達したところ、多数の良民が貴族階級打倒に積極的な賛同を示し行動しております。貴族制の崩壊は確実に進行中です」

「軍をもっと積極的に動かして隠れていそうなところを片っ端から攻撃すれば貴族もみんな死んで簡単なのに」

「軍事力は全て破壊しますが、財に当たるものを壊しすぎると再分配できなくなります。手綱の引き方には気を使っているつもりです」

「庶民の味方さんはまどろっこしくて大変ですのね」

 レムリナは天井を見上げた。新皇帝はハークライトのやり方を手ぬるいと評しているものの、それは相対的な評価でしかない。ハークライトはレムリナとスレインに異を唱える者に対して容赦ない攻撃を加えていた。

スレイン軍の攻撃により死亡した伯爵は4名、子爵男爵合わせて25名、騎士階級は多数に及ぶ。更に10名以上の伯爵領に軍を展開させ、恭順か死かという選択を迫っている。

 スレイン軍は、アルドノアを失い銃や大砲など原始的な兵器で抵抗を続ける諸侯軍との戦いには快勝を続けている。だが、ヴァースの内戦だけが戦いではなかった。

 

「地球ではヴァース軍がアルドノアを失ったために相当やられていると聞きましたが?」

 ヴァースのもう1つの戦場。むしろ主戦場である地球。

 ヴァースは地球と丸2年全面戦争の状態にあった。地球に降下し各地を占領した諸侯は巨万の富を得たが、その分配が第三階層に行き渡ることはなかった。

 戦費調達のための度重なる増税。そして厳しい物資統制は開戦前よりもヴァースの大多数の民を経済的に貧しくしていた。

 貴族打倒を掲げる革命新政権が第三階層出身者からは幅広く支持を受けている根底には、戦争の継続による困窮と搾取を続ける支配層への恨みがあった。

「資源の権益確保さえできれば領土自体など地球人に返してやればいいのです。貧しき者の税を用いて既得権益者を肥えさせる愚かな直接統治に加担する云われはありません」

 ハークライトはごく平然と述べた。植民統治は増税を生むので庶民の暮らしを一層困窮させる。故に必要がない。それが彼の地球に対する観点だった。

「スレインは何と?」

「地球に降下し戦火を拡大した輩はアセイラム姫殿下の理想を踏み躙った許し難い大罪人。生かしておく必要はないそうです」

「お姉さまの理想、ね」

 政権を奪取してからスレインの口から何度も発せられているフレーズにレムリナは気が滅入る。スレインの見ているものが自分とはまるで違うものであることを認識してしまう。

「でも、アルドノアを止めたままだと地球の全部が落ちてしまうのではないですか? 一度は地球に降りて海を見たいから……岬でしたっけ? 海に接した場所の一つぐらいは残しておいて欲しいのですが」

 新皇帝自身、地球との争いも統治も正直言えばどうでも良かった。

 以前はザーツバルムに頼られたのでアセイラム姫に扮してヴァースの民を煽り戦意を掻き立てた。だが今はスレインが要らないと言うので地球制圧などどうでも良かった。単に観光してみたいという年頃の少女らしい欲求があるだけ。

「ご心配なさらずとも、中東油田地帯のマズゥールカ伯爵、及び地球軍の大規模反攻に遭い伯爵が戦死されて我らに早々に帰順を願い出た子爵・男爵諸侯連合が守備する東南アジアは陛下のご慈悲により軍用アルドノアが全機稼働中です。この2つの地域は停戦協定が成立するぐらいまでは保つでしょう」

「地球のアルドノアを起動させろなんておかしいと思ったけれど……時間稼ぎだったのね」

 レムリナの皇帝就任放送は地球側も掴んでいた。その放送は地球上のヴァース軍カタフラクトが起動できない状態にあることを地球側に伝えた。地球軍は即座に総攻撃に打って出た。アルドノア抜きの兵器ではヴァース軍は地球軍と質に大きな差がない。そうなれば、物量で圧倒的に勝る地球軍に敵うはずもなかった。地球軍の総反撃からわずかな時間の内にヴァース軍の地球占領領域は大きく減少した。そして多くの諸侯や兵が戦死していた。

「地球と停戦協定を結ぶのですか?」

「非公式折衝は既に行っております。革命新政権と疲弊しきった地球。手打ちを行うには丁度良い土壌が育ちつつあります。利潤の分配を巡って交渉は難航するでしょうが」

「政治や外交の細かいことはあなたやスレインに任せます。停戦が決まることになったら和平の尊さを訴えるスピーチぐらいは上手に読み上げてみせますからご心配なさらぬよう」

 レムリナにとっては戦意を駆り立てる演説も和平を訴えるスピーチも大した変わりはなかった。与えられた原稿を黒幕に望まれた通りに読み上げるだけのものなのだから。自分の意志が介在しないからこそ望まれたイメージ像を忠実に伝達することができた。

「ですが、スレインは停戦に納得しているのですか?」

 レムリナの知るところでは、スレインは地球の飛行戦艦デューカリオン部隊に強い執着を示している。特にその中のオレンジ色の機体のパイロットには強い想いがあり、何度も激戦を交わしている。2人には個人的な何か因縁があるらしいが詳しくは知らない。

「スレインさまは休戦協定の締結に意欲を燃やしておられます。ただ……」

「ただ?」

「本格的な休戦交渉に入るのは最低2週間後からのことだそうです」

「何故、2週間後なのですか?」

「………………存じかねます」

 レムリナとハークライトの脳裏に浮かんだのは同じ事情に違いなかった。すなわち、デューカリオンに所属する地球人パイロットとの因縁にケリを付けることが絡んでいると。

「スレインは今どこに?」

 レムリナは心の中に空虚さが広がっていくのを感じながら尋ねた。

「アセイラム姫殿下の元です」

 スレインは臨時政府の首班になってからも、時間を作り出してはアセイラム姫の眠る特別室へと出向いている。今もまた、激務の合間を縫っては姫殿下の元へと足を運んでいた。

「…………お姉さまってどんな方だったのかしら?」

 起きている姉に一度も直接会ったことがない妹は尋ねた。

「私もお会いしたことは一度もありませんのでお答えしかねます」

 ハークライトもまたアセイラム姫を知らなかった。

 2人の間に暗い空気が立ち込める。レムリナたちはスレインがアセイラム姫を何より尊く想っていることを知っている。けれど彼女たちはアセイラム姫と対面したことがない。

 だから心酔はできずスレインとは同じ気持ちを抱けない。そして、アセイラム姫を第一に考えるスレインの心の奥底にも入り込めないことをどうしても悟ってしまう。

「どうすればスレインは私を見てくれるかしら? あなた、頭がいいのだから教えてくださる」

「私が知りたいぐらいですよ」

 スレインにとっては結局駒でしかない自分。それを自覚するのは彼を心から慕っているレムリナとハークライトにとってはこの上なく辛いことだった。

「私は後どれぐらい、スレインに必要な駒でいられるのかしら……」

 ヴァース帝国新皇帝は己の無力さを噛み締めながら車椅子の背もたれに深く寄り掛かって目を閉じた。

 

 

-6ページ-

 

 レムリナとハークライトが執務室で政治談義をしていたころ。スレインはアセイラム姫が眠り続ける生命維持装置が置かれている倉庫を改造した特別室へと足を踏み入れた。

「スレインさま……」

 暗い顔をしたエデルリッゾがそれでも必死に笑顔を作って頭を下げる。

 そんな作り笑顔を見せられてスレインは自分の現在の評価を間接的に知る。エデルリッゾ自身は貴族階級でないとはいえ、王侯貴族たちと接する日常を送ってきた。

 この度の変革で彼女の友人知人も被害を被っている可能性は容易に想像できた。そもそも貴族階級が消滅すれば侍女や執事と言った側仕えは必要なくなる。スレインの行動はエデルリッゾたちの職を奪うものに他ならなかった。

「僕を、恨んでますよね……」

 帝国を変えるという大事の前に思いが至らなかったこと。その重みと辛さを今噛み締める。けれど、エデルリッゾは健気に首を横に振った。

「いいえ。私はスレインさまたちのお役に立てない自分の力不足を悔しく思っています」

 エデルリッゾは装置を見上げた。2年前から一度も目覚めることなく眠り続ける姫が静かに溶液の中に浮かんでいる。

「私には姫さまを目覚めさせることができません。髪やお肌を手入れすることもできません。姫さまの侍女、なのに……何もできないんです」

 少女は続いてスレインを見た。少女の表情はより辛そうなものに変わった。

「そして私は、大事を成すために産みの苦しみを味わっておられるスレインさま、レムリナ姫……皇帝陛下のお役にも立てていません。全くの無力なんです」

「エデルリッゾさんのおかげで僕も陛下も大助かりですよ。元気も頂いています」

 スレインは慌てて取り繕った。けれど、それは有効ではなかった。

「…………スレインさまは自分の顔を一度鏡で確かめられた方がいいですよ」

 スレインは自分の顔を両手で触ってみた。自分の表情がそれでわかるはずもなかった。スレインのそんなズレた反応にエデルリッゾも少しだけ笑ってみせた。

「臨時政府の首班さまなのですから、もっとしっかりしてくださいね」

「これでも、この部屋以外ではクールな指導者で通っているのですが…………頑張ります」

 昔の頼りなかった自分を良く知っている少女相手に見栄を張っても意味はなかった。素直に気を張り直すことにする。だが、リップサービスであるはずの少女の次の言葉に同意できずにまた落ち込むことになった。

「私たちの希望はスレインさまなのですから」

 『希望』という単語がとても重く伸し掛かった。

「…………ヴァース、そして地球との架け橋となる希望はアセイラム姫殿下です。僕ではありませんよ」

 明るくなったはずのエデルリッゾの顔もまた曇る。それでも少女は健気に叫んだ。

「ですが、今ヴァースを動かしているのはスレインさまです。ヴァースの民の大多数はスレインさまを支持しています。だから、ご自分を卑下したり悲しいことを言わないでくださいっ!」

「僕は自分を卑下したりしていませんよ」

 アセイラム姫が眠る容器に手を触れる。

「僕が露払いとなってこの世界の不合理なものを全部取り除きます。そして、世界が優しくなったらアセイラム姫殿下に僕の持つ全てを引き渡します。そうすればきっと誰にも優しい理想の世界が訪れますよ」

 スレインはずっと考えてきたことを初めて他人に告げた。

 自分にできることは何か? 自分のしたいことは何か?

 結局、アセイラム姫のために道を切り開くしかない。綺羅びやかな姫君が優雅に歩めるように剪定士となって茨を予め刈り取って行くしかない。その身をどれだけ刺で傷付けようとも。

 

「……スレインさまはアセイラム姫さまに夢を見過ぎです。姫さまだって普通の女の子なんです」

 エデルリッゾが再びアセイラム姫を見上げる。

「私は、姫さまが目覚められてもスレインさまが望むような役目は果たせないと思います」

「なっ!?」

 スレインは目を大きく見開いた。信じられないことを聞いたという表情だった。

「何故、エデルリッゾさんがそんなことを……?」

「姫さまの理想の崇高さはスレインさまの仰る通りだと私も思います」

「じゃあ……」

 エデルリッゾは首を横に振ってみせた。

「ですが、姫さまは政治巧者ではありません。姫さまの行動は常にザーツバルム伯爵ら火星騎士に利用され続けてきました。それは姫さまも認めていたところです」

「しかしそれは、ザーツバルムのような奸臣が存在していたからのこと。僕が不届き者を全て排除すればアセイラム姫殿下はヴァースからも地球からも慕われる名君になられます」

 エデルリッゾは再び首を横に振ってみせた。

「……アセイラム姫は地球からご帰還された後、戦意を高揚させ地球人への偏見と憎悪を掻き立てる演説を何度も行ってきました。その放送は地球にも流されています。果たして両星の人々は姫さまを両星の友好の架け橋と今更思ってくれるでしょうか?」

 スレインは目眩を感じた。エデルリッゾの指摘は痛烈過ぎた。けれど、倒れるわけにはいかなかった。アセイラム姫の名誉を守らなければならなかった。

「しかしそれは、レムリナ陛下が影武者を務めザーツバルム伯爵が書いた原稿を読み上げただけのこと。アセイラム姫殿下とは何の関係もありませんっ!」

「誰が、その話を信じるのですか?」

 スレインの肩がビクッと大きく震えた。顔が青ざめる。

「ヴァースにも真実を知る者はもちろんいます。地球にも、姫さまを直接知る人々はあの放送が虚偽のものであることを知っているかもしれません。ですが、両星の99%以上の人々は、アセイラム姫殿下を戦争を煽った人物と記憶しているはずです」

「戦後になってから真実を明かせば……」

「姫殿下の人気取りのための工作としか人々はみなさないと思います。少なくとも、政治家としての姫さまの評価はもう変わらないのではないかと思います……」

 スレインの両手が膝に付く。息が荒くなっている。

 エデルリッゾはアセイラム姫のために身命を賭けて行動している少年に酷いことを言っているのを知っている。けれど、言うしかないと思った。自分だけが言えると思った。同じ罪を背負っているのは自分だけなのだから。

「私はレムリナ陛下にアセイラム姫の振る舞い方を教え、その影武者を務められるように指南しました。スレインさまは、ザーツバルム伯爵がレムリナ陛下を戦争継続のために政治利用するのをお止めになりませんでした」

「そ、それは…………っ」

 スレインの膝が崩れる。両膝を勢いよく床に叩きつける。

「人々にアセイラム姫さまの歪んだ像を植え付け、その理想を踏み躙りました。それに関して……私もスレインさまも大きな罪を背負っているんです」

「ぐあああああああああああああああぁっ!?!?!?」

 スレインは胸を抑えながら大きな悲鳴を上げた。少年の悲鳴は少女の心の悲鳴でもあった。敬愛する姫を救うためにここまで必死にやってきた。ザーツバルム伯爵にアセイラム姫の命を握られている以上他に動きようがなかった。けれど、その頑張ってきた行動自体が敬愛するアセイラム姫を貶める結果となってしまった。

 それはアセイラム姫の理想を現実するというスレインの行動原理を根本から掘り崩すことに他ならなかった。

 革命の最中、過酷な日々を送っている若き国家指導者の心を折るが如き行為。エデルリッゾは自分を最低だと思った。けれど、少女が本当に言いたいことはこの先だった。

 エデルリッゾは両膝を床につき、両手も頭も床に付けた。それは伊奈帆から聞いた土下座という地球の謝罪と懇願のやり方だった。

「アセイラム姫さまが眠りから目覚められても……もうこれ以上政治の表舞台に立たせないで静かに過ごさせてあげてください。お願いしますっ!」

 スレインからは何の返答もない。頭を床につけているので今彼がどんな表情をしているのかもわからない。エデルリッゾはスレインがどう思っているのかわからない状況下で話を続けた。

「これからのヴァースの舵取りはスレインさまが行うべきです。スレインさまなら、アセイラム姫殿下の理想よりももっと素晴らしい国を作ることができると私は信じています」

 エデルリッゾの告白が済んでルーム内には静寂が広がった。1秒1秒がやたら長く感じる。頭を下げてスレインの反応が見えないだけに心理的な負担の増し方が尋常ではない。

 結局、スレインが口を開いたのは1分以上経ってからだった。

「エデルリッゾさんが僕を高く評価してくださっていることに心から感謝を申し上げます」

 寂しげな声だった。スレインは足音を響かせながら遠ざかっていく。エデルリッゾの懇願に対してイエスもノーも答えないまま部屋を出て行った。

 エデルリッゾの頬から止まることなく涙が流れ出る。床を張ったままアセイラム姫の眠るポットへと身を寄せる。

「…………みんな、こんなに辛いのに……どうして、目覚めてくれないのですか……姫さま……」

 眠り続けるアセイラム姫がエデルリッゾの呟きに答えることはなかった。

 

 

-7ページ-

 

 レムリナの皇帝就任宣言から9日が経過。スレインはタルシスを駆って抵抗諸侯たちが立て篭もり抵抗を続けるオリンポス山基地を攻め立てていた。

 ヴァース・オリンポス山基地。太陽系最大の楯状火山と言われているオリンポス山は標高が27,000m、裾野の直径は550km以上に及ぶ傾斜の緩い巨大火山。山頂のカルデラは直径が80km、深さが3km以上に及ぶ。その巨大な山の中を繰り抜いて15年間延々と拡張を続けているのがヴァース最大のオリンポス山基地だった。

 オリンポス山基地の特徴は大きく分けて2つ挙げられる。

 ひとつは基地自体が巨大な地下迷宮構造になっている。大軍が押し寄せられないように基地内通路は狭く曲がりくねり且つ高低差が激しい。高機動型のスレイン軍の量産型カタフラクト・ステイギスUは侵入に向かない。

 もうひとつはアルドノアに頼らない防衛用兵器が充実していること。地球軍のカタフラクトと似た機体まで導入されている。

 この基地は皇帝の突然の崩御などによりアルドノアが使えない有事に備えて要人たちが立て篭もれるように建設されてきたものだった。スレイン軍に攻撃を受けている現在、基地はその想定通りの防衛戦を展開していた。

 レムリナとスレインを認めない37家門騎士の内の5伯爵と彼らに賛同する多数の貴族が徹底抗戦を掲げている。

 対するスレイン軍は30余機が1週間昼夜の境なく爆撃を行っているものの有効な被害は与えられていない。貴族制打倒の最大の障壁になっているのがこの基地だった。

 そしてそんな巨大基地をスレインは自らタルシスを駆ってたった1機で攻め落とすことにした。タルシスは伯爵クラスの専用カタフラクトの中では小型に分類される。その分高機動で小回りが効く。そして未来予知能力を備え、先読みと危機回避能力では全カタフラクトの中で最高の能力を有している。基地内襲撃には最も向いた機体だった。

 

「……5秒後、前方より人型カタフラクト3機による一斉射撃開始。斉射時間は10秒。時間が惜しいな」

 スレインは敵カタフラクトが姿を表わす瞬間を狙って大型の手榴弾を放り投げた。手榴弾は通路の曲がり角にいたカタフラクト3機の足を吹き飛ばし通路に突っ伏させる。タルシスはその機体の上を踏み、腕と銃器を破壊しながら先へと進む。

 狭い通路内でカタフラクトを爆発させてしまうと崩落の危険が高まる。タルシスは相手兵器の動力炉爆発を避けながら次々に半壊させていく。

 ヴァース軍の施設なので元々得ていた地図と内通者の手引きにより基地内を次々に進んでいく。だが、そうは言っても超巨大基地の奥には全く辿り着けない。

『我らが信奉するはレイレガリア皇帝陛下のみ。どこの馬の骨とも知れぬ小娘と貴様のような地球人を主と認めることなどできるかあっ!!』

 5人の伯爵の1人で前皇帝の熱烈な崇拝者だった男の怒声がスピーカー越しに聞こえた。

『もっと奥まで入り込んでくるがいい。そして、墜ちよ。予知能力があろうが絶対に避けられん銃撃の嵐をお見舞いしてくれるっ!!』

 抵抗軍は基地の防御に絶対の自信を持っている。そしてその自信を裏打ちするだけの堅固さがこの基地にはあった。

 だが、スレインは特に臆することもいきり立つこともなかった。

「僕もレイレガリア陛下を尊敬していましたよ。アセイラム姫の想いを踏み躙り地球に正式に宣戦布告をするまでは」

 地図を見ながら慎重に進み、伯爵たちが立て篭もる区画の真上に到着する。真上と言ってもその最深部はまだ10km近く地下にある。

その間には何層もの装甲が重なっており核爆発にも余裕で耐える。地道に最奥に辿り着こうとすればカタフラクトを降りて更に1km以上降り進まなければならない。

 スレインはそんな面倒で危険極まることはせずに代わりに丸い球体が中に入ったボックスを床に置いた。そして基地から速やかに撤退を開始した。

『ハッハッハ。あれだけ勇んで尻尾を巻いて逃げ帰るとはな。無様っ! 実に無様っ!! 政権の本性が見えるわ』

 聞こえてくる高笑いは相手にせずに火星上宙の母艦へと連絡を繋ぐ。

「セット完了しました。5分後にアルドノアドライブの起動、暴走をお願いします」

『わかったわぁ』

 通信越しに新皇帝の気怠げな声が帰ってくる。どうやら居眠っていたらしい。

 スレインのことを信頼しているのだろうが、緊張感に欠けたレムリナだった。

 それでも5分後、タルシスのモニターはスレインが置いてきたアルドノアドライブが起動するのを感知した。レムリナは仕事を果たした。

 アルドノアの活性化を確認しながらスレインは静かに笑ってみせた。

「そうそう。オリンポス火山って……240万年前に噴火したばかりの活火山なんですよ」

 限界出力を超えてエネルギーを放出し続けるアルドノアに地下深くに渦巻いているマグマが反応した。10数年前の月での戦いにおいて、アルドノアドライブの大量使用がハイパーゲートの暴走を招いたように。

『なっ、何だこの熱は…………ぎゃぁあああああああぁっ!?!?』

 スレインは基地から地上に脱出するとともに空中から爆撃を加えていた自軍部隊に号令を発した。

「全機、全速力でオリンポス山から離脱せよっ!!」

 スレインが全速で上昇飛翔を始めた瞬間だった。タルシスが出てきた出入口から黒煙と焼けた岩石、赤いマグマが噴き出してきた。

 スレイン軍はオリンポス山の爆発に巻き込まれないように全速力で離脱した。

 オリンポス山の噴火は大きなものにはならなかった。地形を大きく変えるものではなかった。しかし火山内部は話が違った。要人たちが隠れていた区画をはじめ、基地のほとんどの区画はマグマや数百度に達する黒煙に満たされることになった。

 スレインは難攻不落の要塞を事実上1機で陥落させた。オリンポス山基地の陥落は貴族打倒という革命政権の目標達成を一気に手繰り寄せた。そして、その先に目指すものが何なのか互いの不一致を確認させる未来を産んだ。

 

 

-8ページ-

 

 母艦へと戻ったスレインは早速ハークライトとレムリナ、そのお供であるエデルリッゾを交えて今後の方針について話し合うことにした。その話し合いの中でスレインはかねてからの計画を打ち明けた。

「月面基地へと進軍し、デューカリオン及び界塚伊奈帆を討ち果たします」

 月面基地が地球軍デューカリオンを主軸とする部隊の前に陥落したと報告を受けたのは一昨日のこと。ヴァースの残存部隊は月の他基地やサテライト・ベルトに逃げ込みゲリラ戦を続けているものの組織立った反攻はできない。救援要請が何度も送られてきている。

 地球軍の脅威が大きくなったので、ヴァース平定を早めるために危険を承知でスレインが自らオリンポス山基地の殲滅に出向いたのだった。

 そんなスレインは次の目標に月面基地にいる伊奈帆討伐を掲げた。だが、その提案はこの場の誰にも受け入れられなかった。

「反対ですっ! あの人との決着はアセイラム姫さまの望むものではありませんっ!!」

 真っ先に反対の声を挙げたのは軍事作戦には口を挟まないはずのエデルリッゾだった。

「地球との休戦交渉は水面下で順調に進んでいると聞きました。なら、姫さまがかつて乗っていたあの船と戦う必要はありません!」

 侍女少女の反対理由は極めて個人的な感情を根拠にしたものだった。だが、その感情はスレインに圧迫を掛けるものだった。スレインはハークライトを見た。だが、副官はスレインの意図を了承してはくれなかった。

「侍女の小娘が軍事に口を出すのは甚だ不本意ですが、デューカリオンとの決着は私も反対します」

 副官であるハークライトからも反対の声が挙がる。

「オリンポス山基地の陥落によりヴァース平定は拍車が掛かります。しかしまだ全体の2割ほどの諸侯が抵抗を続けています。彼らの鎮圧に軍を回さなければなりませんので、今更さしたる意義を見出だせない地球軍討伐に差し向ける余裕はありません」

 ハークライトは軍事力の観点から反対を提案する。スレインはそれでも引き下がらなかった。

「ですが、月面基地が落ちた場合には地球軍の補給路を絶つために第五部隊を牽制に送る手筈になっていたでしょう」

 スレイン軍は量産型高機動カタフラクトのステイギスU各25機編成からなる第一〜五部隊、及び補充用の予備部隊から成り立っている。

「第五部隊の派遣目的は地球軍の月面での補給と行動を封じるための牽制です。全面戦闘は極力避けます。残念ながら地球軍との実戦経験に乏しい25機程度のカタフラクトではデューカリオンも月面基地も落とせません」

「数が足りないと言うのなら、新兵を補充して戦力を増強すればいいのではありませんか?」

 ハークライトに質問したのはレムリナ。彼女もまた軍事の具体的なことには口を出さないので異例の意見表明だった。

「私が抵抗諸侯の参謀であれば、我軍の新規補充パイロットは甘言を用いて必ず自分の側へと引き込みます」

「つまり、新兵は敵のスパイということになるのですね」

 ハークライトは大きく頷いて返した。

「戦力増強どころから後ろから撃たれる危険が増えるだけです」

 地球軍との決戦用に新たな兵は募れない。それは、抵抗を続ける諸侯から強い恨みを抱かれているスレイン軍にとっては道理だった。

「そういう事情なら、私もスレインの月面基地討伐には反対します。私は別に、地球のその戦艦や彼に思うところはありません」

 レムリナが反対を表明した。こうなってしまってはスレインもただ我を通すというわけにはいかなくなる。

「わかりました。第五部隊は予定通り地球軍の牽制に当たらせ、決戦は避けます」

 スレインの譲歩にエデルリッゾは胸を撫で下ろした。

「ですが、その牽制部隊の指揮を僕に採らせてください」

 3人の瞳が再び不満を湛えたものに変わった。

「スレインさま。今は政治体制を固めるべき時です。ヴァースからあまり離れてはなりません」

「どうせ僕は臨時政府の首班に任命されてから一度もヴァースの民の前に姿を見せていません。政見放送を行うだけならヴァース上宙だろうと月近くだろうと変わりませんよ」

「しかし……」

 ハークライトは渋い顔を見せる。何と言ってスレインを諌めるか考えている。

 伊奈帆が絡むとスレインは冷静でいられなくなることをこの場の誰もがよく知っている。牽制と言いつつどんな無茶をするかわからない。

「なら、こうしてはいかがです? この艦を牽制部隊の旗艦にしては」

 レムリナの瞳を細めての提案にハークライトは慌てた。

「反対です。皇帝陛下の身にもしものことがあれば、それこそヴァースは終わりですっ!」

「この艦が戦闘地帯に近付けばスレインも無茶はしないと思います」

 レムリナはスレインを見ながら皮肉を込めた笑みを発した。

「だってこの艦にはお姉さまが乗っているんですもの。スレインがお姉さまを危険な目に遭わすわけがないわ」

 レムリナは表情を変えないまま続いてエデルリッゾを向いた。

「それにこの艦にはもう1人、スレインのお気に入りのエデルリッゾも乗っています。守るべきお姫さまが2人もいるのだからナイトさまも行動に気を付けるに決まっています」

 レムリナは暗に自分には守るべき価値がないと自虐している。エデルリッゾもハークライトも気まずくなって咄嗟に言葉が出て来ない。

 そんな重たくなった雰囲気の中でスレインは丁寧に膝を突いてレムリナに一礼を取った。

「僕が仰ぎ見る唯一の主君は、レムリナ陛下。あなたにございます」

「……………………白々しい、ですわね」

 新皇帝の大きなため息。レムリナの言葉はこの場の全員の気持ちを代弁したものに違いなかった。スレインはアセイラムと伊奈帆が絡むとどうしても判断力が落ちてしまう。

「ですが、これでハッキリとわかったはずです。お姉さまがこの艦にいる限り、スレインは無茶ができません。ハークライト、あなたは予定通り本隊を率いて貴族階級を根絶やしにしてください。スレインは残りの部隊を率いて月地球軍への牽制を行ってください。これは勅命です」

「「畏まりました」」

 ハークライトとスレインは一礼しながらレムリナの命令を承諾した。

 こうして勅令の下にスレインは地球軍の牽制任務に就くことになった。

「…………アセイラム姫さまはスレインさまが伊奈帆さんと戦うことを決して喜びませんよ。なのに、どうして……」

 数多くのシコリを残しながら。

 

 

EPISODE.02 皇帝レムリナ

 

 

 

説明
pixivで発表してきた15話からのifストーリー2話
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アルドノア・ゼロ

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