機装女戦記ガンプラビルドマスターズ 第1話:「俺のガンプラが……!?」
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 ―――もしも。

 

 もしもある日、世界中の誰もが持っていない、強力で特別で強力な“力”を

 

 君だけが手に入れたのなら

 

 君はその“力を”

 

 どう使う?―――

 

 

 

 

―――――第1話:「俺のガンプラが……!?」―――――

 

 

 

 

 

 俺は至って普通の人間だ。自分でもそのことを重々承知しているし、きっとこれからの人生、普通に学生生活を謳歌して普通に社会に出て普通に働き、普通に死んでいくんだ……と、そう思っていた。

 そんな普通の毎日、傍から見れば退屈な人のようにも見える。

 だけど、俺は全然退屈なんかじゃない。何故なら、今の俺には夢中になれる物があるのだから。

 

「……よしっ! やっと完成した! この俺専用のガンプラ!!」

 

 俺の名前はキモト・ソウシ、ガンダムとガンプラが大好きな高校二年生だ。

 今俺はなにをしているかというと、机の上に今しがた完成したばかりの自分のガンプラを置き、まじまじと見つめていた。

 

「機体名は、そうだな……『ザクファントムカスタム・ ((BI|ブラックインパクト)) 』ってのにしよう」

 

 ザクファントムは“機動戦士ガンダムSEED DESTINY”に登場するザフト軍の主力量産型モビルスーツ、ザクウォーリアの指揮官機タイプの機体だ。このザクファントムカスタムはさらにそのカスタムバリエーションタイプという設定だ。

 機体上半身のベースはディアッカ専用ブレイズザクファントムを基調とし、武装はデスティニーガンダムの高エネルギービームライフルをメインウェポンに、左腕にはシグーのガトリングをビーム突撃銃のエネルギーパックを着脱できるよう改造したビームガトリングを装備してある。下半身は武装バリエーションが楽しめるジンハイマニューバ2型のものに取り換え、腰にはその斬機刀とシグーディープアームズのレーザー重斬刀を差しており近接戦闘にも特化している。全体的な色は黒に近いダークグレーと赤を基調として塗装している。機体名の“ブラック”はここからとっている。これといって特別な加工はしていない、シンプルな出来の改造ガンプラだ。

 

「ここをこうして、このポーズをとらせて……おお!」

 

 ザクファントムカスタムの左膝を曲げ、ビームライフルを持つ手をピーンと伸ばし、モノアイを回転させその方向へ向ける。俗に言う、“SEED構え”のポーズをとらせた。斜め上の方から見るととても良い画になる。

 

「かっこいい……かっこいいなぁ」

 

 思わず自分の作ったガンプラに惚れ惚れし、いろんな角度から眺めてしまう。

 俺はこのザクファントム、もといザクウォーリア系列の機体が大好きだ。量産タイプの、所謂やられ役のモビルスーツではあるのだが、作中の様々なメインキャラクター達が搭乗し、その分だけ多彩なカラーバリエーションが存在する。背中のウィザードシステムを介することにより、様々な武装パターンを展開でき、あらゆる戦況に対応することができる、万能のモビルスーツだ。

 宇宙世紀のザクに比べ、やや小顔で細身ではあるが、そこは新世代のガンダムシリーズ、ガンダムSEEDの登場機体と考えると、よくアレンジされたデザインだと思っている。だから俺はSEEDのザクが好きなんだ。

 その好きさが高じて、俺はいつしか自分だけのザクを作ろうと決心していた。そしてそれは今俺の手の中にある! こんなに嬉しいことはない……!

 

「しかし……思ったよりも時間かかったなぁ……もうこんな時間か」

 

 時計を見ると、もう夜中の2時をまわっていた。いくら明日は学校が休みとはいえ、さすがにそろそろ眠くなってきた。

 

「ふぁ〜……写真撮りたいけど、明日にしよう……寝るか……」

 

 大きなあくびをした後、胸の内の興奮が高鳴りつつも机の電気を消し、自作のザクファントムを机の上に置いたまま、俺は布団に潜って眠りについた……。

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…………………

…………

……

 

 艦内にけたたましく鳴り響く警報音。同時に、艦内全域に女性の声のアナウンスが響く。

 

 『移動熱源接近中! モビルスーツ隊は発進されたし!』

 

 ついにこの日が来たか……! 俺がザフトに入隊しての初陣! 勝ち星を挙げてみせる!

 意気揚々とロッカールームで赤いパイロットスーツを着こんだ俺は、ヘルメットを手に抱え、モビルスーツデッキに向かう。

 そこには、コクピットハッチを開けた漆黒のザクファントムがそり立っており、発進の時を今か今かと待ちわびていたようだった。タラップを登り、コクピットに入るとヘルメットを被り、ハッチを閉じる。コンソールを操作すると起動音が響き、目の前のモニターザフトのマークと共に『MOBILE SUIT NEO OPERATION SYSTEM』と文字が表示され、次に

 

Zaft

Armed

Keeper of

Unity

 

と表示された。そう、このモビルスーツ、ザクの表記だ。

 システムの起動を確認すると、ザクファントムがコンベアにより、カタパルトデッキへと移動する。

 

『全システムの起動を確認しました。ザクファントムカスタム発進スタンバイ。発進シークエンスを開始します」

「何度も言ってるだろ? ザクファントムカスタムじゃなくてザクファントムカスタム・ ((BI|ブラックインパクト)) だって」

 

 俺は細かく訂正するが、オペレーターの女性は無視して発進シークエンスを進める。

 

『ハッチ解放、射出システムのエンゲージを確認しました。カタパルトオンライン、射出推力正常』

 

 カタパルトに移動するとガシッ、という重量感ある音が響く。機体の脚がカタパルトに固定された音だ。

 次に、目の前のハッチが開かれ、外の景色が露わになる。漆黒の宇宙……しかし、その中に光がいくつも点いたり消えたりしている。もう戦闘が始まっているんだ。

 

『進路クリア、ザクファントムカスタム発進どうぞ』

 

「キモト・ソウシ、ザクファントムカスタム・ ((BI|ブラックインパクト)) ……行きま―――!!?」

 

 「す」まで言いかけたその瞬間、解放されたハッチの向こう側に一機のモビルスーツが姿を現す。地球連合軍の量産型モビルスーツ、ウィンダムだ。ウィンダムはビームライフルを構え、それをカタパルト内に放つ。放った先に居るのは、もちろん……俺とザクファントム。

 

「げっ!?」

 

 間抜けな声と共にビームはザクファントムに直撃し、機体は爆発。俺は断末魔の絶叫をあげる

 

「ほわああああああああああああ!!」

 

………………

…………

……

 

「あああぁぁ……あ? あ、あれ……夢……?」

 

 ふと目を覚ます俺。カーテンの隙間からの木漏れ日と、外から聞こえてくる小鳥たちの囀りで、布団の中にいながらも、今が朝で、そして先程のは夢なのだと悟った。

 

 「なんだ夢か……ふわぁ〜」

 

 小声で呟き、欠伸をしながら布団を頭から被る。死ななくてホッとしたような、本物のモビルスーツで出撃できなくてちょっと残念なような……複雑な気持ちだった。しかしそれはさておき、夢だということがわかるとまた睡魔が俺を誘う。

 布団から手だけを出し、枕元に置いてある携帯を手繰り寄せ、布団の中で開き、現在の時刻を見てみる。

 

(10時か……せっかくの休みだし、もうちょっと寝てようかな……)

 

 そう思い再び目を閉じ、寝返りをうったときだった。

 

 

 

―すうっ……―

 

 

 

「っ……!?」

 

 突然俺の顔に、何者かの寝息が当たった。ここは俺の自室……当然俺以外の者がここで寝ているなんてことはあり得ないはずだ。俺は慌てて目を開けて布団から飛び起きると、掛け布団を取って放り投げ、俺の隣に寝る者の姿を見る。

 

「なんだ……これ……?」

 

 そこにはとても信じられないような人物が寝ていた。

 

「女……の子? どっから入ってきたんだ……? てかなんだ? この格好……」

 

 そう、そこには女の子が眠っていた。

 昨夜、家の戸締りは全てちゃんとしていた筈……。この子がどこから家の中に入ってきたのかをまず疑問に思ったが、その少女がしている格好を見て、俺の中の疑問の優先順位が書き換えられた。

 ぐっすりと眠っているその彼女の髪は、流れるような黒髪のロングストレートで、かなり整った顔立ちをしている。はっきり言って美少女と呼ぶにふさわしいが、彼女の格好には異質な点がいくつかあった。一つは、額当てのようなものを頭に巻いて、その頭頂部から生えている一本の金属質のグレーの角。さらに腰には刀と剣が両脇に一本ずつ差さっており、両肩にはスパイクの付いた大きなシールドが二枚付いている。

 

「コスプレ……? にしちゃ手が込んでるし……それにこの格好。どこかで……」

 

 と、その時だった。俺の声に反応してか、それとも布団がはぎ取られて肌寒かったのか、あるいはその両方だろうか。コスプレ少女が目を覚ました。

 

「うわっ!?」

 

 突然ムクリと無言で上半身を起こす少女。その様子に俺は思わず尻もちをついて驚く。しっかりと見開かれたその瞳の色ははとても赤かった。例えるならば……そう、まるでモビルスーツのモノアイのように……。

 起き上がった彼女は自分の手や身体を物珍しそうにぺたぺたと触ったり、しげしげと眺めている。

 

「あ、あの〜……」

 

 そんな少女の様子を隣で見ながら、俺はおそるおそる声をかけてみる。少女は俺の言葉に反応し、視線を俺の方に向けると無言でジッと見つめ返してくる。

 

「き……君は一体……?」

 

 すると彼女は尻もちをついた状態の俺の方に歩み寄ってくる。無言で歩み寄るその姿に俺は思わず竦みあがり、身動きがとれなくなる。そして俺の目の前で無言のまま立ち止まるコスプレ少女……。

 何をされてしまうのだろうか……? 思わず恐怖を感じ、情けなく「うわっ!」と声をあげると顔の前に腕を出して目をギュッと瞑る。

 だが、彼女反応は俺の思っていた物とは全く違うものだった。

 

「おはようございます、マスター」

 

 それが、彼女が俺に対して発した第一声だった。

 思ったとおり、その整った顔から発せられる声はとても心地よく、澄み渡るような綺麗な声だった。それに安心してか、俺はおそるおそる目を開けて彼女の方を見る。

 彼女は俺の前で膝をつき、頭を下げていたのだ。まるで主君に忠誠を誓う騎士のように……。

 

「え……? ま、マスターぁ!?」

 

 一瞬の間の後、俺は思わず素っ頓狂な声をあげた。俺の方を向いてそう呼ぶのだから、彼女の言う“マスター”というのはおそらく俺のことなのだろう。

 

「はい、キモト・ソウシ様。貴方は紛れも無く、私のマスターです」

 

 未だ状況が呑み込めず慌てふためく俺とは対照的に、コスプレ少女は頭を伏せたまま冷静に答えた。

 

「ま、待て待て待て! 君の言っていることが何一つ理解できないぞ! なんで俺が君のマスターなんだ!? なんで俺の名前を知っているんだ!? 俺と君は……どこかで会った事があるのか!?」

 

 少なくとも、俺の方はこんないろんな意味で印象に残る美少女に出会ったら、そうそう忘れはしないと思うが……。

 

「おわかりに……なられませんか?」

「え……?」

 

 何故か彼女は少し残念そうな顔をして俺の方を見た。いかん……やっぱりどこかで会ったことがあるらしい。俺は申し訳ないと思い、必死で記憶の糸を辿って思い出そうとするが……ダメだ。やっぱり出てこない……。

 

「ご、ゴメン……必死に思い出そうとしているんだけど……やっぱり思い出せない」

「……まぁ、無理もありませんね。私自身驚いていることですから」

 

 そう言って彼女はすっくと立ち上がり、オロオロする俺の前に立ち直る。

 そして、彼女の口から衝撃の真実が告げられた。

 

「私はマスターのお創りになられたガンプラ。名を、『ザクファントムカスタム・ ((BI|ブラックインパクト)) 』と申します」

 

「……はい?」

 

 彼女の口から出た信じられない言葉に、思わず俺は怪訝の声をあげた。すると、自称ガンプラ少女はそんな俺の様子を見て、こう付け加える。

 

「ですから、私は貴方様、キモト・ソウシ様がお創りになられたガンプラと申しました。どうぞお気軽にファントム″とお呼び下さい」

 

 どうやらこの娘、本気で自分のことを俺の作ったガンプラなどと言っているらしい。そんなバカな話があるわけがない……じゃあなにか?これが俗に言う“擬人化”ってやつなのか? あり得ない……。そもそも“擬人化”なんていうのは、主に漫画やアニメの中だけによくある話なわけで、第一擬人化するのは犬とか猫とか、あるいはその作品に登場するマスコット的なキャラクターというので相場が決まっている! ガンプラが擬人化するなんて話……聞いたことがないぞ。

 

「信じていただけませんか?」

「当たり前だろ! いきなり他人の家に入り込んで俺の布団で寝て、挙句の果てには俺の作ったガンプラだなんて……信じられるわけがないだろ!」

 

 俺は少々荒い口調で言った。すると、彼女……「ファントム」は少しも慌てる素振りも見せずに、落ち着いた口調でこう返す。

 

「ではマスターが私を創るにあたり、絶対にマスターしか知らない情報を私が答えてみせましょう」

「なんだよ? 言ってみろよ」

「私の下半身を構成している『ジンハイマニューバ2型』は、近所の模型店で安売りしていたのをマスターが購入しました。そして、私の上半身である『ディアッカ専用ブレイズザクファントム』は大手デパートのおもちゃコーナーで見つけたものを購入」

「なっ……!」

 

 なん……だと……? こいつ……俺がガンプラを買った店をピタリと当てやがった!

 もちろんそのガンプラを買いに行った時は俺一人で行った。だがしかし、だからどうしたというのだろうか。密室空間ならいざ知らず、店の中という解放された空間でなら、別の客として遠目で俺の事を見ていたのかもしれない。

 

「さらに昨夜は私を制作中、誤ってデザインナイフでご自分の指を切ってしまいましたね?」

「ど、どうしてそれを!?」

 

 流石にこれには驚いた。確かに俺の左手の人差し指には、昨夜ガンプラ制作中にケガをしたため絆創膏を巻いてある。ケガをしたのは夜……そして俺は夜には外に出てないし、誰とも会っていない……ということは……!

 

「これでわかって分かっていただけたでしょうか?」

「ああ……わかったよ……あんたさては俺のストーカーだな!?」

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「…………はい?」

 

 彼女は首をかしげて目を丸くする。俺が何を言っているのかわからないといった表情だが、俺の方こそこいつが何を言っているのかわからなかった。とにかく! 夜に俺の行動の全てを見ていて、買い物まで見ていたってことはどう考えてもストーカー以外のものに他ならない!

 

「ややや……やべぇやべぇ! 今まで俺私生活をストーキングされてたの!? っていうことはあんなところやこんなところも見られてて……うわわわわわ! どどどどどうしよう! と、とりあえず大声出すか!? いやそれとも警察!? あ、いやでもこんな美少女にストーキングされるならそれもそれで悪くないような……いやでも!」

 

 一人で議論しながら部屋の中を駆け巡る。そんな俺の様子を見て「はぁ……」と小さくため息をつくファントム。

 すると、ファントムは俺の部屋に転がっている、飲み干したジュースの空きペットボトルを手に取ると、空中に放り投げる。

 と、同時に彼女の左手が自分の右腰に差してある細長い突起を掴む。あれはシグーディープアームズが装備していたレーザー重機刀だ。

 

「はぁっ!!」

 

 そして掛け声と同時に引き抜かれる重斬刀の刀身。そこから「ヴンッ」と劈くような音が聞こえたかと思うとなんと本物のビームの刃が展開され、縦に振り降ろすと、ペットボトルは見事に真っ二つに斬れ、音を立てて片方づつ床に落ちる。

 それを見て思わずその場に硬直する俺。床に落ちたペットボトルの片方は俺の方に転がってくる。それに目を配らせ、恐る恐る手にとってその斬れ口を確認する。切断面からは細長く白い煙があがり、プラスチック特有の熱で溶けたときの嫌な臭いがする。切断面を指でなぞると……熱い。まだ熱を持っているらしく、俺は思わず触れた指を引っ込める。

 ファントムはビームの刃を基部に収束させ、レーザー重斬刀を腰に戻した。

 

「そ……それ本物……?」

 

 思わず腰の重斬刀を指さす。それに対しファントムはしたり顔で答えた。

 

「はい。これでお分かりになられましたか? マスター」

「あ、ああ……わかった、信じるよ」

 

 なんだか少し疲れてしまった。俺は机の椅子を引くとそこに座って冷静さを取り戻す。対してファントムは俺の前に正座して座る。

 

「……しかし、なんでガンプラがそんな姿に?」

 

 少し休んで落ち着きを取り戻した俺は、もっともな疑問をファントムにぶつける。

 

「私にもよくわかりませんが、おそらくマスターのガンプラを作る強い気持ちが、私を人の姿に変えたのだと思います」

「マジか……」

 

 確かにファントムには、俺専用の機体にしようと他のガンプラよりも気合いを入れて作ったつもりだったが……まさか人間になるなんて……。

 そして彼女の持っている武器は全て本物……つまりそれは、ガンダムの世界で登場した兵器が人間大の大きさまでスケールダウンされたものが実際に存在しているということだ。

 

「じゃあ、そこに転がっているビームライフルとかビームガトリングとかも……?」

 

 俺は布団の横に転がっている火器類を指さす。冷静さを欠いていた時には気付かなかったが、ザクファントム用に装備させた武器一式も人間大用のサイズとしてそこに並んでいた。

 

「全部本物です。試しに撃ってみましょうか?」

「いや! いい! いい! 危ないから!」

 

 俺が慌てて制止させると、ファントムはビームライフルを拾おうとした手を引っ込めた。

 

「とにかく、これで私がマスターのお創りいただけたザクファントムであるということをわかっていただけましたか?」

「ああ、もう完璧に信じ込んだよ……。じゃあ、もしかして君、これから俺と一緒に住む……なんてことにななるのか?」

「はい。私はマスターによって生み出された存在ですから、当然そのようになるかと思います。……ひょっとして、マスターは私が御一緒では迷惑ですか……?」

 

 ファントムの表情が曇る。おいおい……そんな捨てられることを悟った仔犬のような顔をされたら、出ていけなんて言えるわけがないじゃないか。原因は不明瞭ではあるが、彼女は俺が生み出した存在であることに変わりは無い。となればここはやはり、俺が責任をもって一緒に暮らしていくしかない。

 

「いや、迷惑だなんてそんな……! ただ、いきなりでちょっと戸惑ったからさ。でも、出て行ってほしいとかそういう気持ちは全然ない。むしろ歓迎するよ」

「本当……ですか……?」

 

 曇っていたファントムの表情がぱぁっと明るくなっていく。意外とわかりやすい性格なのかも……?

 だが俺の言葉は本心だった。こんな美少女が一つ屋根の下で一緒に住むだなんて、男なら断る理由がなにもない。

 

「ああ。この家、“俺一人”じゃ結構広すぎるからさ。よろしく頼むよ」

「はい、マスター。これからは貴方の下僕として、マスターのために全てを捧げます」

 

 ファントムは膝を折り、俺の前でかしずいて深々と頭を下げる。

 

「そんなにあらたまってもらわなくてもいいんだけど……顔を上げなよ」

「え? は、はいマスター」

 

 ファントムは立ち上がると、俺は右手を差し出す。

 

「これで」

「あ、はい」

 

 差し出された右手に応え、ファントムは俺と握手を交わす。

 

「改めてよろしくお願いします、マスター」

「ん、よろしくな」

 

 まさかガンプラが人の姿になるなんて……こんな事を一体誰が想像できだろうか。これからの事を考えると少し気が重いが……それでもなるようになれだと、俺は覚悟を決めることにした。

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ぐぅぅぅぅぅ〜〜〜……

 

 その時、ファントムのお腹からかわいらしい音が聞こえた。それを聞いて俺の視線は自然とファントムのお腹に向き、ファントムはパッと手を離すとあわてて自分のお腹を押さえた。

 

「こ、これは……その……」

「ははは、待ってろよ。今朝食を……っと、もう昼食の時間だな」

 

 起床してからずっと慌ただしいやりとりをしていたためか、今の時刻はもう11時50分を過ぎていた。今から食事を作れば昼食にちょうど良い時間帯になる。

 

「まぁ、とにかく待っていてくれ。飯作ってくるから」

「飯……? 食事ですか?」

「あぁ、大したものは作れないけど、満腹にはなれると思うぞ」

 

 そう言って俺は自室を出ると階段を下りて階下にあるキッチンに向かう。

 階下に降りれば親がいて、既に自分のために食事を用意してくれている……なんてことはない。何故ならば、今この家には俺一人しかいないのだから。(一名不意な同居人は増えたが)

 俺の両親は現在、溜まりに溜まった有給休暇を消費するために息子の俺を家に残し、長年の夢だった夫婦水入らずの世界一周旅行をしている。そのため、家には時々その国も名産物がお土産として届いてくるのだ。

 

「確かこの前、ドイツから届いた本場のハムがあったはずだけど……あったあった」

 

 冷蔵庫の中を漁り、以前お土産としてドイツから送られてきたボンレスハムを探す。とまぁこんな感じに、両親からは主に食べ物のお土産が送られてきているのだ。

 

「この量ならちょうど二人分っていったところだな」

 

 今まで消費した分、僅かに残されたハム。この分の食事で終わってしまいそうだ。俺はボンレスハムの網をとり、ニンジンやピーマンと一緒にまな板の上に乗せて包丁で細切れにする。それらを油を引いたフライパンの上で炒め、火が通ったらご飯も一緒に入れて、ご飯とほぼ同時のタイミングで溶いた卵を入れる。このタイミングが重要だ。隠し味に出汁醤油を少し入れ、最後に塩・胡椒で味を整えたら……。

 

「できた、炒飯」

 

 そう、ちょっと良いハムを具に使っただけのシンプルな炒飯だった。

 それが出来上がると、俺は二階で待っていたファントムに声をかけリビングに連れていく。

 

「腹減ってるだろ? 遠慮しないで食ってくれ」

「はい、では……」

『いただきます』

 

 二人の声が重なり、手に持ったれんげで炒飯を掬う。そして食う。うん、美味い。我ながらよくできたものだと褒めてやりたいくらいだ。

 ところがファントムはというと、れんげを手に持ったままじーっと炒飯を見つめているだけで食べようとはしない。

 

「どうした?」

「あっ、いえ……」

「遠慮なんかしないで。ほら、早くしないと冷めちゃうぞ」

 

 このまま動かないままでいられるのも何か気まずいので自然と食べることを促す。すると、ゆっくりとだがファントムはれんげに炒飯を掬い取り、それをおそるおそる口の中へと運ぶ。

 一回、二回と咀嚼した後、急に笑顔が零れて炒飯を食べる速度が進む。よかった、どうやら気に入ってくれたようだ。炒飯はどんどん量が減っていき、ついには綺麗に平らげてしまった。

 

「御馳走様でした」

「ん、ごちそうさん。良かった、口に合わないんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたよ」

 

 ファントムの後、俺も自分の分を完食し、食器類を片付け始める。

 

「申し訳ありません。ただ……物を食べるという行為自体をしたことがなかったのでどうしても警戒してしまいまして……」

 

 そう言われてみればファントムは元々ガンプラなんだった。あまりにも普通に接していたためにすっかり忘れていたが、つい昨日まではプラスチックの塊だったわけだ。当然食事などしたこともないわけだから、“物を食べる”という行為自体に警戒心を持つのは道理といえる。

 どうやら、この現象に関して戸惑いを隠せないのは俺だけでなく、ファントム自身も同様のようだった。

 

「さて……ファントム。お前はこれからどうしたい?」

 

 洗い物を終え、俺はリビングでテーブルの前で行儀良く正座しているファントムの前に座り、そう話を切り出す。

 

「どうしたい……とは?」

「俺に『全てを捧げる』なんてさっき言ってたけどさ、お前自身でなにかやりたいこととかあるんじゃないか? せっかく人の姿になったんだからさ」

 

 その質問に対し、ファントムは頭を下げ、考え込んでいる様子だった。が、しばらくの沈黙の後、言葉を紡ぐ。

 

「いえ、マスターあっての私です。お言葉を返すようで申し訳ありませんが、マスターの方こそ私を使役して何か達成したいと思っている目標はございませんか?」

「なにっ、俺が?」

「そうです。例えば……マスターに仇なす“敵”の排除など」

「へぇ? 敵って……誰だよ?」

 

 ファントムの目が突然鋭くなり、急に「敵」なんていう物騒なワードが出てくるものだから、ちょっと半笑いになってしまい、アスランみたいな返しをしてしまった。が、当のファントムはそんな俺に構う様子もなく真面目な様子で話を続ける。

 

「マスターにも覚えはありませんか? 自分よりも力や技能の勝る者、考え方の違う者、憎しみや嫌悪感の塊のような者……人間とはその社会の中に暮らす限り、多かれ少なかれ必ず“敵”となる者がいる筈です」

「…………」

 

 その言葉に俺は思わず薄ら笑いを止める。

 

「如何でしょう? 私に一言命じていただければ、貴方様の敵を討ち獲って……―」

「ダメだ!」

 

 思わず俺はテーブルから身を乗り出してファントムの肩を掴む。ファントムは、俺のそんな突然の行動に面喰った様子で先ほどまでの緊迫した表情から一変し、「ふぇっ!?」と間抜けな声を出して戸惑いの表情を見せる。

 

「どんな理由があるにしろ、人を傷つけることは絶対にしちゃいけない。君みたいな女の子にはなおさらだ」

「な……何故です!? 私の力を先ほどもご覧になったでしょう!? あれではまだ役不足であると!?」

「そうじゃない!」

 

 立ちあがって反論するファントムに対し、俺も負けじと反論をする。

 

「ファントム、俺は君に誰かを傷つけさせたくて創ったわけじゃないんだ。ただ純粋に、普通のガンプラとして愛でて、楽しむために創ったんだ」

「ガンプラとして……?」

「そうさ。確かに君の力は凄いよ。その気になれば、かなり大きな事件を起こすことだってできるのかもしれない……けど、それはもう俺が好きなガンプラの域を超えている。俺はそんな……誰かを傷つけてまで力を得たいなんて思っちゃいない」

「しかし……それでは私のこの力は活かすことができない……私は戦うために生まれてきたのに……それでは私は何の為にこの世に生を受けたというのですか……」

 

 俺の言葉に意気消沈し、床に座りこむファントム。

 

「戦うために……? そのために君は生れてきたの?」

「……正直に言うと、わかりません。ただ、目を覚ました時に、一番最初に浮かんだ言葉でした……『戦え』と……。」

 

 

 存在意義……。確かに、ただのガンプラがこんな強力な兵器を装備した女の子になったのにはなにか理由がある筈だ。だが、果たしてその答えがファントムの言う『戦う』ということなのだろうか……? それならば何故、こんな女の子の姿に……? 謎は深まるばかりで、今の俺にはその答えは想像できないけど……。

 

「……それでも」

 

 座りこむファントムに目線を合わせる。ファントムもまた俺の方を見上げ、互いに目線が合う。あらためてファントムの目を見てみると、宝石のような綺麗な紅い瞳をしている。その紅い瞳が、少し潤んだ涙でキラキラと輝いていて、黒い長髪と相まってとても美しく見えた。

 

「俺は、きっと君が人の姿になったのは意味があると思っている。でも、それが君の言う“戦う”ことだとは思いたくない。きっと何か別の理由がある筈なんだ」

 

 言葉を紡ぎながら俺は決心した。こんな純粋そうな目をしている女の子を、自ら戦わせるわけにはいかない。そんなことをしなくても、普通の女の子として日常を生きていくことができる筈だ。

 

「食事を食べて、笑顔を見せて……さっきの君は十分に人間らしかった。だからきっと、君は人間として生きていっていいんだ。そんな感情を持つ君が、戦うだけに生まれた存在だなんて俺は思えないし……思いたくない!」

 

 言いながら、俺はしかとファントムの手を握る。小さい……そして、とても暖かい。血が通っている証拠だ。

 

「マスター……」

「戦う以外にも生きる道がきっとある筈だ。それをこれから……俺と一緒に見つけていこう。な?」

「そう……ですね」

 

 俺の言葉で心の余計な蟠りが解けたのか、ファントムはしかと俺の手を握り返した後、姿勢を正して俺の方に向き直る。

 

「私はマスターが創りだしたガンプラ……創りだされたからにはマスターに仕える義務がある。それだけは変わらない事実です」

「ファントム……」

「ですから……私は貴方の傍で、私が何故生まれたのかその意味を知りたい。それを許していただけますか?」

「ああ、もちろん」

 

 俺が答えると、ファントムは深々と頭を下げた。きっとそれは、彼女なりに感謝の意を表しているのだろう。自然と俺も連られて頭を下げる。傍から見れば変な光景にも思えるけど、今はこれでいい。彼女とはこれから長い時間、共に喜びも苦しみも分かち合っていく。そんな予感がしていたのだから。

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………………

…………

……

 

「なんだか今日は大変だったなぁ」

 

 夜、夕食も食べ終え、その片付けも終えた俺は自室の机の前で椅子に背を預けながら両手を頭の後ろで組み、天井をボーっと見つめながら、今日一日に起きたことを振り返っていた。

 人の姿に変身したガンプラ……客観的に見れば、それはまずあり得ない出来事だ。しかし、紛れもなくそれは俺の目の前で……現実に起きたことだ。主観的に考えて、俺はちょっと混乱していた。おそらく世界中で俺のみに起きた摩訶不思議な出来事……誰にも相談できず、自分の墓まで持っていく覚悟の秘密……。それをこれからどうやって解決していこうか。

 

「……ま、なるようになれってね。あ、いけね! 英語の課題、提出期限明日までだった!」

 

 今朝からずっとファントムのことだけを考えていたため、明日に提出期限が迫っていた課題があったことを俺はふと思い出した。急いでやらなければ。ファントムがお風呂に入っている間に終わらせてしまおう。ノートとテキストを出して課題に取りかかった。

 

「……喉乾いたな」

 

 課題を初めて数分、喉の渇きを感じた俺は、冷蔵庫の中にジュースを冷やしてあったのを思い出した。それを飲みながらやろうと思い、階下に降りる。

 

「ファントムにも飲ませてやるか、風呂上がりならちょうどいいし。しかしあいつ風呂長いな……なにやってるんだ?」

 

 冷蔵庫の中から“オランジーナ”という名のオレンジ味の炭酸ジュースを、二つのコップに注ぎながらふと風呂のある廊下の方へ目を向ける。

 もしやのぼせているのでは……もしくは初めての風呂であたふたしているのだろうか……俺が入っていってちゃんとした風呂の入り方を教えてやって、その後に……。

 

「……って! なにアホなこと考えてんだ俺は!」

 

 煩悩を振り払うかのようにコップに注いだジュースを一気飲みし、気分を落ち着かせる。

 そうだった……さっきファントムがシリアスな話を切り出したものだからすっかり忘れていたが、今この家には年頃の男と女が二人っきりでいるという状況だった。しかもその生活がこれからしばらく続く……そんな安っぽいアニメやラノベの主人公みたいな展開を、いざ自分が体感するとなるとちょっと困る……何事も起きなければ良いのだが……。

 

 

 

「キャアアアアアアアア!!」

 

 

 

「なっ、なんだ!?」

 

 その時、突然風呂場の方から悲鳴が聞こえた。声の主はもちろんファントムだ。俺はコップを置くと慌てて廊下を全力疾走して風呂場へ向かい、脱衣所を抜けて曇り硝子の戸を勢いよく開け放つ。

 

「ど、どうした!?」

「たたたた……大変ですマスター! 私の目に“しゃんぷう”というものが入ってしまって目が……目がぁ〜〜〜!」

「……は?」

 

 そこには(風呂なので当然なのだが)全裸のファントムが長い黒髪に泡を大量に付けながら、堅く目を瞑っていた。どうやらこの長髪を洗う際にシャンプーを多く出しすぎて、それが髪をつたって目に入ってしまった……という状況らしい。

 

「ま……マスター! どうすれば……! うぅっ……」

 

 堪らずファントムは手で目を擦ろうとする。風呂の熱気と目の前に女の子の裸があるという高揚感で自分の頬が紅潮してくるのを感じながらも、なるたけファントムの方を見ないように薄目で目線を逸らしながら指示する。

 

「ま、待て擦るな! 擦らないでまずはぱちぱちしてみろ!」

「……?」

 

 ぱち……ぱち……

 

 俺の言葉の意味がよくわからなかったのだろうか、戸惑いの表情を見せながらファントムはその場で小さく手を叩いた。

 虚しい拍手音が浴室内に響く。

 俺もまた同様に、一瞬の沈黙の後に自分の言った言葉の意味をファントムがどう解釈したのかをようやく理解した。

 

「違―う! そうじゃない! 手じゃなくて、目をぱちぱちと開けてみろってこと!」

「む、無理です……!」

「じゃあシャワーで洗い流してやるから、ギュってしてろ、ギュって」

「こ……こうですか?」

 

 ぎゅっ

 

 そんな擬音がまさしく似合いそうなくらいの程よい力加減で、ファントムは俺に抱きついてきた。もちろん、入浴中なのだから“全裸”のままで。

 突然起こった予想外の事態に、俺は戸惑いを隠せなかった。口からは「あわあわ……」としか声が出せないし、両手はやり場に困りあたふたと宙を泳ぐ。

 そんな俺を余所に、ファントムが俺の背中に手をまわし、その小さな顔が俺の肩のあたりに当たる。ファントムの白い裸体を濡らすお湯と、柔らかな肌の感触が俺の服越しに染み渡るかのように伝わってくる。シャンプーのせいなのかほんのり漂ういい匂い。そしてなによりも、抱きついたファントムから直に伝わってくる生のふくよかな胸の感触のせいで、俺の理性はもう……!

 

「刻が……見える……」

 

 極度の興奮と熱気で、特に深い意味も無く思い浮かんだだけの言葉を呟いて俺は鼻血を吹き出しながら風呂のタイルの上に倒れ込み、意識は徐々に遠ざかっていった。意識が途切れそうになる寸前、悲鳴を上げて慌てふためくファントムの姿が見えた……気がした。

 

………………

…………

……

 

「問おう」

 

 時を同じくして、古びた木造アパートの一室。

 その部屋にて、尻もちをついて驚く少女と、それを見下ろす赤い影が一つ……。

 

「貴方が私の創造主か?」

 

 赤い影の彼女は、そう尋ねた。

説明
以前「俺のガンプラが擬人化した!?」というタイトルで小説を書かせていただきましたが、この小説はそのリメイク版となっております。
「模型戦士ガンプラビルダーズ」の世界観をベースとし、そこで繰り広げられる人化したガンプラ達によるリアルバトルと、少年少女達のガンプラバトルによる熱い戦いがメインとなっております。

また、この小説は小説サイトハーメルンでも連載されております。
http://novel.syosetu.org/2580/
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