Brilliant Prince
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『偶像崇拝』。

それは人類が最も傾倒し易い統制の仕組みだ。

これにより民衆を扇動することは容易く、だからこそ制御の難しいシステムでもあった。

ジオン・ズム・ダイクンは考えていた。自分の悲願である革命≠成し遂げるためには、その革命の旗印となる偶像≠ェ必要である、と。

彼の持つカリスマ性は自他共に認めるものがあったが、それだけでは足りないのだ。民衆を踊らせ、地球連邦を捻じ伏せ、眠っている弟子達を起こすためのエネルギーに欠くのだ。

考えはあった。しかし時が許さなかった。時と神≠ェ許しさえすれば、それは直ぐにでも成される手筈になっていた。

 

彼には、二人の子があった。

美しい妻に似た、美しい二人の子が。

 

「やってくれるか」

「…はい」

肩に置かれた父の手に力が入る。幼い身体に圧し掛かる痛みは、こんなものではないことを二人は良く理解していた。此処から先は、独りで往かなくてはならぬ道だ。扉の前に立つと、不思議な光が有無を言わさず彼を包んだ。

『初めての入場ですね、それでは登録とブランドの選定を開始します』

父の姿は既になかった。何処で自分を見ているのか、それとももう、見てなどいないのか。十一歳になったばかりの、サファイアの輝きを持つ青い瞳は、目の前の赤縁眼鏡の女を黙って注視する他無かった。

『まあ…貴方はブリリアントプリンス、選ばれし者しか着こなせない、伝説のブランドですよ。おめでとうございます』

「ありがとう。じゃあ、行ってきます」

『お気をつけて、プリンス・キャスバル』

扉は開かれた。

サイド3、ムンゾ自治共和国のプリンス≠ヘ、いつの間にかおとぎ話の王子様に似せた

衣装を纏い、革命の人身御供としての一歩を踏み出したのだった。

 

*     *     *

 

ある夜であった。

堅く施錠されていた筈の窓が隙間風を誘い入れるように開く。カーテンが揺れて、夜風が吹き込む。否、それは夜風ではなく、ぼんやりと光る一枚の紙≠セ。

その紙はまるで此処にあるべきが正しい姿と言わんばかりに、枕元へと落ちてくる。

整えられた寝所へ安らかに身体を預けている美貌の少年は夢の中で、小鳥の羽根が頬を掠めたのだと思った。

 

「アルテイシアに届いたのでは、ないのですね」

明朝、その紙≠手にしたアストライア・トア・ダイクンは怪訝な表情を隠さなかった。紙片は朝陽を煌びやかに乱反射させて目を眩ませるが、どう読んでもそこには息子であるキャスバル・レム・ダイクンの名が刻まれているのだ。

「プリチケは、女子にしか届きません」

アストライアはかつて少女であった自分に届いたプリチケのことを思い出す。エデンでクラブシンガーとして働き始めたのは、彼女がプリパラアイドルとして培った豊富なステージ経験があったからだということを、目の前のダイクンも知っていた。

『プリチケは年頃を迎えた女の子にしか届かない』。それは誰しもが知る鉄の掟である。

誰が定めたわけでもない、神による神の掟だ。

「しかし届いたのだ、息子キャスバルに、確かにプリチケが」

何処かの誰かが何事かを企て、造った贋物とは思えない。この気まぐれな神からの贈り物は触れれば光り、微かに温もりすら感じるのだ。

「これは最早神託だ。神に許された子供なのだよ、我々の子は」

「キャスバルを、あの子を独立運動の旗印にするおつもりですか」

アストライアは幾ら握り締めても折れ曲がることの無いプリチケを手に肩を震わせる。強く唇を噛んでも、ダイクンの表情は変わらなかった。

「わかってくれアストライア。私と君の子だ、きっと上手くやる」

無慈悲な父親は、最早道具として足り得るか否かの話をしていた。心優しい母親は、道具にされる息子を憂いて落涙した。

「お母様、大丈夫です。僕、できます」

着替えを済ませて父母の会話に入ってきた少年の声は、強い決意に満ちている。ただ、父の傀儡として民衆の前に立ち、連邦からの独立に向かって民意を煽ることを決意したわけではない。政争の具として祭壇に供されるのであれば、誰かに担がれるのではなく自分の足で歩いて祭壇まで往こうと決めていただけだ。

「キャスバル、貴方本当に…」

「僕はジオン・ズム・ダイクンの息子です、だからやります、プリパラアイドルを」

父の傍を通り過ぎ、母の懐へ頬を寄せて抱きついたキャスバルを、アストライアは強く抱き締める。

少年は優しく聡明であった。それ故に残酷な決断をもしてしまえる哀しさがあった。アストライアは父子を縛り付ける宿命とそれを負わせた神を呪って、泣いた。

 

*     *     *

 

(僕がやらなきゃ)

『コーデの数だけ、プリチケをスキャンしてね』

(僕がやらなくちゃならないんだ)

手渡された新たなプリチケを、空間の狭間に捩じ込んでいく。それらは軽快なリズムで吸い込まれていき、スキャンが終わるとキャスバル自身もその空間へと身を躍らせた。

何がどうなっているのかわからない。けれども、身体に張り付く衣装がまるで溶け出すように消えて無くなって、また、新しい衣装が光りと共に身体を包んでいく。暖かい。これが、プリズムの煌き。キャスバルは深呼吸をしてから、大きく身体を伸ばして衣装の感触を確かめた。

『高貴なその身にこそ相応しい、華麗なる一族の装い…ブリリアントプリンス、サイリウムコーデ!』

青い衣装が金糸と赤いリボンで束ねられている。祭事のときにも身に付けたことの無いような豪奢なそれは、不思議と重さを感じない。羽根を纏っているようだと感じた。

胸に飾られたサファイアは、勝利を意味する宝石だと聞いたことがある。

(勝利…何が勝利なのか、僕にはわからない、けど)

石よりも青く澄んだ瞳に映ったのは、身体を焼くスポットライトと無数のサイリウムが揺らめく海原だった。イントロが流れ出す。赤縁眼鏡の男がくれた曲は、初めて歌うのに、昔から知っている曲のように思えた。

 

*     *     *

 

「ダイクンの倅がデビューしたか」

いつもは電子将棋を打っている室内の大型ビジョンにはプリパラTVが映されている。様々なステージ衣装、時にはドレスすら着ることも厭わずに笑顔で歌い、踊り、スペースノイドの未来を示してみせる。あのダイクンの子にしては、出来過ぎなほどの偶像≠セ。

ギレン・ザビは背後に立つ妹に目線をくれずに溜息を吐く。

「先んじられるとは」

兄の様子に眉間に皺を寄せたキシリア・ザビはその目線の外で不機嫌に鼻を鳴らしてから口を開いた。

「まさかあちらにも届いているとは思いませんでした」

キシリアは神≠フ気まぐれに心の中で悪態を吐く。事前に知っていれば幾らでも阻止できる機会はあっただろうのに、それが出来なかったのはあくまで自分の不手際のせいではない。プリパラの神とやらのせいだ。

ただ、挽回する手立てがないわけではない。切り札はある。文字通りプリパラにおけるジョーカーになることを期待して、彼女は弟≠ノ声をかけた。

「御覧なさい、貴方もすぐにあんな風に、いやあれ以上になれるのよ」

キシリアがどれだけ優しく宥めても顔を上げずその腰元に縋って泣く少年は、背格好はともかく顔立ちがキャスバルよりも随分幼く思えた。頼りないその手には、プリチケが握り締められていた。

「姉さん、僕やりたくないよお」

「何故?」

「ぼ、僕は男だもん…プリパラアイドルなんて…やりたくない…」

泣き腫らした目を擦り、乱れた前髪を何度も撫で付ける。彼にとってプリパラとは女の子のお遊戯であり、自分には一生縁無く終える場所だと思っていた。それが急に届いたプリチケとキャスバルという存在によって状況が一変してしまったのだ。思考が幼く、政治を解さぬ正しい子供には、受け入れがたい事実だった。

「そうね、貴方は男よガルマ」

キシリアは弟の頭を撫でて涙を拭ってやると、火照った頬に手を遣り、その優しい手触りとは真逆に厳しい眼差しを上から落とした。

「ならば、ザビ家の男としてやるべき事をおやりなさい、よろしい?」

 

*     *     *

 

 宇宙世紀0068年。偉大なる指導者の息子はプリパラアイドルとしての知名度と人気を確固たるものにしつつある。今や連邦軍の駐屯兵の中にも、キャスバルの写真を隠し持つ者がいるという話だ。最早ムンゾの独立は待ったなし。民衆はこぞってこの小さな指導者≠ノ熱狂した。

熱病の中で、キャスバルだけが冷静だった。彼の眼は夢の舞台の上でも醒め切っていて、これから起こる凶事を予感させるように、胸のサファイアは煌きを曇らせていた―。

説明
'15冬コミ無配本。
機動戦士ガンダムTHE ORIGIN×プリパラ。
キャスバル・レム・ダイクンがプリパラデビューするお話です。
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機動戦士ガンダムジ・オリジン キャスバル・レム・ダイクン プリパラ 

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