鳥海の話 その3 |
鳥海は摩耶が羨ましかった。
鳥海と摩耶の戦績は正反対と言ってもよかった。
鳥海は大いに活躍し、摩耶はそこそこ。
報告をしに行くと、褒められることが多かった。
変わって、摩耶は、いつも通りだな、と笑われ、口喧嘩が始まる。
そんな光景を見ていくうちに、男性が自分には見せない顔を彼女に見せたことがあった。
ただただ羨ましかった。どうやっても、どんなに寄り添おうとしても、どんなに敵を倒しても辿り着けないものだ、と悟った。
そんな自分の気持ちを彼女に伝えたことはない。言えば、自分を慕う私に負い目を感じて引いてしまいそうだろう、と。
だから、自分は一歩引いて、彼女を支えることにした。あの顔がいつでも見れればいいと思って。
あの時、首に手を掛けられた時、摩耶が自分に嫉妬していたことを理解した。自分の一番欲しいものを持っている彼女が私を求めていたこと。ふと、自分の今までを思い出し、その彼女が私を求めていることに侮蔑を込めて、笑った。
摩耶は鳥海が羨ましかった。
妹分として出会い、姉さん、と慕われていることはとても嬉しかった。
ただ自分が欲しいものを全て持っていた。
ガサツな自分とは正反対であり、時折慕われていることが苦しい時があった。
報告の時、決まって自分は提督に子供をあしらうかのように馬鹿にされた。
鳥海はいつも褒められていた。頼りにしている、と自分には言われたことがない、賞賛の言葉を彼女はいつも浴びていた。
自分も鳥海のようになれば、提督は褒めてくれるのだろうか。提督は鳥海のことが好きなのだろうか、とさえ思っていた。
日々研鑽し、時には鳥海に習い、実力をつけていった。
そして、次に進行する海域の偵察任務中、沈んだ。
目を開けた時、目の前に鳥海が映り、手を差し伸べ、助けようとしていた。夢だと思っていた。
脳裏に浮かんだのは、鳥海がいなくなれば、提督は自分を見てくれるかもしれない。
差し伸べられた手を掴み、するすると首にまで手が動いてゆく。鳥海の首に手が触れた瞬間、彼女が全てを理解したかのように笑みを浮かべていた。全てを見透かすかのような彼女の顔が反芻され、胸が焦げていくようだった。もう見たくないと、顔を伏せ、次第に強く強く締め上げていった。
反抗したかどうか確かめる間もなく、彼女達二人を光が包み込んだ。
掴んでいたものが急になくなり、そこから記憶が無い。ただ、鳥海が自分の体から伸びる糸のようなものに微かにしがみついている感覚があった。
夢じゃなかったのだと気付いたのは、愛宕達によって救い出され、病室で目を覚まし、鳥海の名前を呼ばれ、容姿の変化を目の当たりにした時だった。
鳥海になりたい、と思っていた。鏡に映る自分は鳥海の姿そのものだった。
じゃあ、鳥海は?あの時の感覚は?
うっすらと手に残る、皮膚に全ての指を喰い込ませ、骨にまで触れた感覚は、思い出すのには十分だった。
そこからはずっと吐いては寝て、吐いては寝てを繰り返していた。自分の体が鳥海であること、鳥海の顔をしていること、鳥海の声が聞こえること、鳥海と呼ばれること。
衰弱しきっていた彼女に追い討ちをかけるよう、次は鳥海の幽霊が現れた。最初は幻覚の類だと思っていた。自分にしか見えず、自分にしか声が聞こえていない。気持ちの悪い冗談だった。
ある日、鳥海は言った。
「ねえ、摩耶姉さん。いいの、このままで。司令官さんともっと一緒になりたくて、見てもらいたくて、あんなこと、したんでしょ。」
クスクスと笑い、煽るように話しかけてきた。
衰弱し、休養が必要だと判断され、部屋から出ないことも日常になっていた摩耶は彼女を睨むことしか出来なかった。
鳥海は、あら怖い怖い、と幽霊の鳥海はまたクスクスと笑う。生前の鳥海と違って、何かから吹っ切れたかようで、象徴とも言うべき真面目さ、勤勉さの欠片もなかった。同じ鳥海だとは思えなかった。
しかし、その彼女の言葉に摩耶は決断した。
(そうだ、アタシは、鳥海・・・。鳥海になってしまったんだ。そう、私が鳥海・・・もう摩耶じゃない。アタシは・・・私はどうしたいんだ。)
その日から彼女の体調は日に日に回復していった。
目の前に浮かぶ鳥海の霊を見るたびに吐いていたものを糧に変えた。吐くことはまだ多少あったが、怯えることは無くなった。
時折、目が鋭く虚空を睨む彼女を、周りは悔しさが募っているのだろう、と解釈していた。
訓練に打ち込み、頭の中の鳥海と目の前の鳥海を超えるべく励んでいた。
そして、あの日、摩耶が現れた。
敵を倒した際、皮膚が剥がれ、体が残り、沈んだはずの彼らが彼女達となって還ってくる。
彼女は、摩耶だった。ひょっとして中身は自分のように鳥海になっているのではないか、と思っていた。けど認めたくないほど彼女は摩耶だった。自分を見ているようで、次にしゃべる言葉もわかっていたほどだった。その度に、流石鳥海だな、と肩を叩かれていた。
提督に出撃を許されず、自分が訓練に勤しむ中、摩耶は出撃を繰り返していた。
以前の自分を見ているようだった。どんなに攻撃が当たらなくてもどんな目に合おうとも彼女の明るさが鈍くなることはなかった。
摩耶がいつもよく話し相手になっていたのは鳥海だった。何があったかを話すが、必ず口にするのは、まだ鳥海には敵わない、と言う。訓練に勤しむのみで同じく未熟の道を辿っていくの見続けるのは辛かった。表面上笑うものも、心は乾いて乾いて仕方なかった。
摩耶が来て数週間経ったある日、提督から呼びだれた。
呼び出された案件は、再び現れた摩耶に告白するというものだった。
あの出撃以前から元々鳥海は、摩耶に告白するための手伝いをしていたというのを知った。こうして目の前にいるのがあの摩耶だと知る由もなく。
「摩耶には全てを話した。」
背中越しに語る提督からの声に、寒気が止まらなかった。
「あの時は全てを無くした気分だった。だからこそ弔いのつもりだった。周りにはそうではない、と言っても、心中穏やかなように振舞っていても、落ち着くことはなかった。」
「不思議と、君と話す時はお喋りになるな。」
「そう、私の気持ちも知らずにね。」
鳥海の霊は、不機嫌そうだった。そして、ここで初めて鳥海が提督に好意を抱いていることを理解した。鼓動が少しずつ速まっていった。
「摩耶と話したが、記憶はなくともあいつはあいつだった。だから、あいつに指輪を渡そうと思う。」
「あの、司令官さん。」
勇気を振り絞った。
「摩耶はまだ沈んでいないという可能性は、」
そう目の前にいるんだ。あなたが好きだった摩耶が。あなたのことを覚えている摩耶が。
「鳥海。」
彼はこちらを一切振り向かない。
「もうやめてくれ。」
心臓を握りつぶされた感覚があった。
「摩耶はもう、いないんだ。」
「でも、」アタシはここに、
「もういないんだ!」
それは怒号だったのか悔恨の叫びだったのか。分かる由もなく、胸の苦しさを抑えて部屋を飛び出した。
どうして、私が摩耶なのに、アタシが摩耶なのに。
涙が止まることはなかった。気づけば自室に戻っていた。
私が鳥海だから・・・?鳥海じゃなければあの人は・・・?
部屋にいるのは一人。そして、
「そう。」
鳥海が答えた。
「あの人は摩耶が好きだった。今思えば、見た目も中身も摩耶を好きだったのね。」
「私は一歩引いた。あの人が幸せなら、そして貴女も幸せなら、私はそれで良かったから。」
「なのに、」
ふふ、と声を抑え、悔しそうな表情が崩れていく。
「なのに、貴方は鳥海でいることを選んだ。まるで道化よ。好きな人に近づくために、その人の好きでもない人をその手で殺して、化けて、そして本当の自分に似た誰かに奪われるんだもの。」
こんなに笑顔を振りまく鳥海を見たことがなかった。そして、今すぐ耳障りな音を止めたかった。勢いで伸ばした腕は空を掴み、すり抜け、その勢いのまま壁へと激突した。
「また、私を殺すの?ねえ、どんな気持ちかしら。ねえ、摩耶姉さん。」
自分の腕で首を抑え、苦しむ表情をしたあと、獲物を狙うかのような潤った目で近づいてきた。腕を伸ばし、触れた感覚はないものの抱きしめられた。
「もう、嫌だ。」
摩耶は泣き始めた。
「そうだ。アタシは道化だ。もう、ここに居場所なんてない。生きる意味もない。私が鳥海だから。私が鳥海になってしまったから。鳥海にも何も答えられない。もう、もう・・・」
「そう。」
冷めた目で彼女から離れる。
「じゃあ、堕ちましょう。楽にしてあげる。」
泣く彼女の目を、死者を弔うかのように瞼を閉じる所作をする。彼女の意識が途切れたかのように何も言わなくなった。
「本当に、皮肉なものね。」
二人の鳥海の涙を拭えるものは、そこに誰もいなかった。
朝、ラッパの音が高らかに響く。慌ただしくもまた一日が始まる。ラッパが鳴り終わると一人、また一人と部屋から飛び出ていく。
しかし、ある部屋だけ物音一つたてず、ひっそりと閉じられたままだった。
部屋の扉の横にそこにいるはずの者の名札が一つ、掛けられている。
そこに記されている人物は、その部屋にいなかった。
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