三題噺‐その2‐
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『幸運な厄日』

 

 ……暑い。

 暑い。何もやる気が起きない……。

「ヴァンパイア」という種に夏はツラい。

 暑い、暑い、あっつ、熱っ!? 痛っ!?

 気が付くと、窓から差し込んだ日光が腕に当たっていた。

 焼けたり焦げたりすることは無いが、ヒリヒリと痛む。

 結構な間、ずっと動かずにダラダラと横になっていたらしい。

 今は何時だろう? 午前中だろうけど、正確な時間が分からない。

 勉強道具で散らかった机の隅の、お気に入りの腕時計を見る。

「4:52」を指し、秒針は動いていない。

 ……木製で高いヤツなのに。

 落ち込みながらスマートフォンで時間を見る。映し出された数字は「10:46」

 それにしても暑い。……ああ、扇風機が動いていないのか。

 そう思って「強」のボタンを押す。……動かない。一瞬、嫌な予感が頭をよぎる。が、すぐに気付く。

 ん! コンセントが入っていないのか。

 コンセントにプラグを差し込み「強」のボタンを押す。――動かないっ!

 嘘だろっ! 嘘だと言ってくれよ……。

 だけど、中古でかなり格安で買ったボロボロの扇風機だ。むしろ、よく今までもってくれたと思う。でも、これから夏本番ってじきになぁ。うーん、買い換える金も無いし、同じような激安のヤツにもう一度会える気がしない。

 しっかし、暑い。

 都会の片隅のボロアパートの一室には、涼しい風なんて吹き込んでこない。

 ……しばらくは、図書館のお世話になるか。

 それにしても、時計と扇風機が同時に壊れるなんて、今日は厄日かもしれない。

 

 

 

 夜は良い。月や星を見ていると落ち着くし、気力に満ち溢れる。

 図書館までの道のりは地獄だった。死ぬかと思った。

 図書館では、日の当たらない場所で勉強しようかと思っていたけれど、そこには同じような事を考えたヴァンパイアたちで満席だった。結局、直射ではないものの、日の入る場所にしか空席はなかった。勉強は全く捗らなかった。まあ、クーラーが効いていたから、自室よりは大分マシだったか。

 グゥ〜〜。と腹の虫が鳴いて気が付く。

 そういえば今日は昼飯を食っていない。そりゃ腹も減るな。

 この時間帯は休日でも、自分の家に帰るために多くの者が電車を利用する。駅から出ると、すぐに賑やかな大通り広がる。が、賑わっているのはメインストリートだけで、道を一本でも外れると人通りが一気に無くなる。そのいい例の一つが、この公園だ。

 ここは街灯と自販機の灯りしかない。なまじ近くに大通りがある分、人は恐怖心が削がれる。なんて考えているそばから、ホラ、女の人が一人で歩いている。二十代半ばくらい、OLだろうか。

 ポニーテールで首筋を露出している。白い肌が月夜に輝く。腹が減る。女は一人だ。飢える。渇く。満たされない! 手を伸ばす。そして! トマトジュースのボタンを押す。

 ……人の血は吸わない。吸えない。セクハラと傷害罪で捕まる。

 しかし、人間の技術は凄い。こんな凄い技術を持っている生き物に不死身なだけのヴァンパイアが適うはずがない。

 特にこの「トマトジュース」は素晴らしい。ヴァンパイアの本能を紛らわすことができる。

 グゥ〜〜。

 今度はオレのじゃない

 ふと、横を見ると中学生くらいの少女が、うつむきながらベンチの上で体育座りをしていた。

 いつから居たんだ?

「はぁ、お腹が空きました。どこかに、苦しんでいる美少女を見過ごせず手を差し伸べる紳士的な方。は、いらっしゃらないのでしょうか……」

 あ、これは関わっちゃいけないヤツだ。

 身の危険を感じ、歩き出そうとすると……。ガシッと、袖口を掴まれた。心拍数があがる。

 

「こんなに超絶美少女が困っているというのに、あなたは見捨てるのですか!? この人でなし!」

「オレ『人』じゃないから」終わった……。

「……!? おお! 確かに色白ですし、目も青いですね。いわゆる『人外』さん、というやつですね!」

「それをいうなら『外人』さんだろう。まあ、オレは『人外』さんなのだけれど……」ややこしい。

「……?」

 不思議そうに顔を覗き込んでくる。

 あれ? 分かってない?

「ほら、耳がトンガってたり、歯がトンガってたり」言って上唇を持ち上げて見せる。

「……! おお!『吸血鬼』さんですか!」

「うん、まあ、そう(法律で血は吸えないけれど)」

 ……? このコ、もしかして。

「ヴァンパイア、初めて見たの?」

「ハイ! というか、初めて知りました! 吸血鬼の存在を。お伽噺とかでは聞いていたんですけど……」

 都会でさえも数の少ないヴァンパイアだけれど、存在さえ知らないなんて、相当ド田舎から来たのか?

「あ、あの!」グゥ〜〜。

 二度目。

「お腹が空きました。助けてください!」

「オレは今、苦学生なんだ。ほぼ毎日バイトして、毎日節約して、仕送り少ない中で、ギリギリで毎日を食い繋いでんだ! 家出少女を助けている暇と金なんて、無い!」

 

 

 

 スマートフォンのディスプレイが「21:08」と映し出している。ロックを解除して、家計簿のアプリを開く。出費のところに、ハンバーガー代と飲み物代を合わせた、450円を入力する。無駄な出費だ。

 テイクアウトしてきたハンバーガーを渡すと、少女は「わぁ〜」と顔を輝かせ、喜んでくれた。その瞬間に「ああ、やっぱり買ってきてよかったな」なんて思ったりする。訳がない! 痛い出費だ。

 今日はツいて無い。厄日だ……。

「どうしてテイクアウトにしたんですか?」

「こんな時間に、男のヴァンパイアと年端もいかない人間の女の子が一緒にいたら、露骨に怪しいからな」

「そういうものなのですか?」

「そういうもんなの。それに今夜は涼しいし、何の問題も無いだろ?」

「それなら、明るい店内ではなく、薄暗い野外で一緒にいる方が怪しいのではないですか?」

「……あ」

「ところで、あなたは何も食べないのですか?」

「もう、金がないんだ……。

 それにヴァンパイアは、喰わなくてもしばらくはもつから(腹は減るけど……)」

「へぇー、大変なんですね」

「おまっ! 誰のせいでこんな事になってると――」

「こんな超絶美少女と一緒にいられるんですよ? ハンバーガー代なんて安いモンですよ!」

 そう言って、ニヤリと、したり顔をする。

 ああ、チクショウ。ハラが立つ。何よりも、こいつが本当に美少女なのがムカつく。

「……」

「……」

「いい時計だな」

 少女の右腕を見ながら言う。

「これですか? いいものでしょう」

ベルトは茶色の革で、銀色の文字盤が光を反射し、美しく輝く。女性ものらしく、細身で小柄で。

とても少女に似合っている。

「どこのブランドか分かる?」

「……カ、カル……」

「カルティエ?」

「はい! そんなかんじでした。

 ……時計好きなんですか?」

「うん、まあ、でも、金属アレルギーで着けられるものが限られるんだ」

「吸血鬼はそういうものなのですか?」

「いや、オレだけだよ。他のヴァンパイアは銀にしか反応しないけど、オレは色んな金属がダメなんだ」

「ふーん。しかし、時間を確認するだけなら、すまーとほん、と言うやつでも、できるのではないですか?」

「目上の人の前で、いきなりスマホを取り出すのは失礼だろ。にしても、高くないか、それ?」

 似合ってない、という意味ではないが、年不相応って感じだ。

「わかりません。貰い物なので。

 特別な日に、特別な人から貰いました」

「……へぇ」

「ま、苦学生には手が届かないくらいには、値がはるんじゃないですか!」

「そういう事言ってる時に、一番良いカオするなよ……」

 ……あ、そういえば。

「そういえば、名前をまだきいていなかったな」

「あ! そういえばまだでした。

 申し遅れました。織姫といいます」

 礼儀正しい。育ちがいいのか?

「キャピキャピの14歳です! カワイイからって、欲情しないでくださいネ?」

 そうでもないらしい。

「あっ、またヘンな眼でみてる〜」

 世間はそれを、哀れみの眼というんだよ。

「オレは琉子だよ」

「リュウシ? 珍しいお名前ですね。というか、それって姓と名のどっちですか?」

「……名字だよ」はあ……この流れは。

「では、したの名前は何とおっしゃるのですか?」

「…………太郎っていうんだ」

「へぇ、リュウシタロウ! 琉子太郎さんですか! フフッ! おもしろい名前ですねェ!」

「……そんなことより、どうして君はこんなトコにいたんだ? やっぱり家出か?」

「いえ、家出ではく、うーん……。冒険、ですかね?

 あまり外の世界に出たことがなかったので」

 箱入り娘ってことか? やっぱりお嬢様か。それに冒険って、つまりは家出だろ。

「そうだ!」

 ズズッと、ジュースを飲みほして立ち上がる。

「お礼をしなければなりませんね」

 このコ食べるの早いな。

「一つだけ言って下さいっ! 何でもいいですよ! イヤらしいの以外なら叶えてあげるかもしれませんよ?」

「えー、冒険中の中学生に何ができるの? 願いなんて、強いて言うなら、君がちゃんと家に帰ってくれることだよ」

「フフーフ、そんな事にたった一つの願いを消費していいんですか?」

 さっきから、思わないようにしていたけれど、なんなんだろう。このコは……。

「聴いて驚くがいいのですよ! 実は、私は『天女』なんですよ!!」

 ドヤ顔で言っているけど、頬にソースがついたままだ。締まらない……。

「おやおや、あからさまに訝しげな顔してますねェ……」

「イタい女子中学生が電波な事言ってたら、誰だって怪しむだろ」

「んぐっ、やっぱり信じてもらえないですか」

 少し、悲しそうな表情をする。

 そんなカオされると、こっちが罪悪感を感じる。

「……じゃ、じゃあ、聴いてほしいな。オレの願い」

家出少女のツマラない遊びに付き合って、満足して無事帰ってくれるなら、それでいい(面倒だけど……)。

「フッフーン! やっと信じる気になりましたか! 最初からそう言えばいいンですよ! さいしょからぁ!」

 抑えきれないウザさが滲み出ているような表情だ。

 堪えろ、オレ!

「では、私がこっちのタイルから……」

 そう言って、ピョンピョンピョン、と三歩跳ねて。

「こっちのタイルに来るまでに、頭の中で三回、願いを唱えてくださいね」

 少女が設定したタイルの端から端までは3、4mくらいだろうか。

 少女はスタートの位置で準備している。

「じゃ、始めますよー」

 大きく手を振って合図を送る(そんなに離れてないのに)。

「よ〜〜い、ドンッ!」

 そう声を出して両手を広げ、けんけんで進んでいく。とてもゆっくりで。

 楽しそうだな。悩み事なんて一つも無くて、全てを楽しんでるって感じだ。ヴァンパイアじゃなくても、多くの者目に眩しく映るんだろうな。

 ……オレの願いねぇ。やっぱり思い浮かぶのは腕時計の事だ。じゃあ、腕時計の修復、腕時計の修復、腕時計の修復……って、オレは何を律儀にやっているんだろう。

 少女はまだ半分もいっていない。頬杖をついて眺めているオレとはきっと、対照的なカオをしている。

 ……ああ、願いは、もう一つあったな。

 どうせ子供の遊びだ。もう一つくらい願ったって、バチは当たりはしないさ。

 ……新しい扇風機、新しい扇風機、新しい扇風機

「あっ! 二つはダメですよ!」

 いきなり立ち止まって言った。

「えっ!?」どうして分かった?

「そんな/// 二つ同時なんて/// 私っ……壊れちゃいます///」

「やめて! そのカオでそのセリフはなんかヤバい!!」

 コイツ……! 一瞬で表情つくりやがった!

「それよりっ――」

「『どうしてわかったのか?』でしょ? そりゃあ、私が、願いを叶える天女だからですよ」

 突然、手でオレの両目を覆ってきた。

「オイっ! 何す……ん……だ」

 手をどけて目を開けると、そこには誰もいなかった。

 

 

 

 家に帰ったのは「22:54」

 お気に入りの木製の腕時計で確認した。

 アパートの部屋に戻ると、机の隅で正確に時を刻んでいた。スマートフォンで確かめてみたが、一秒のズレも無かった。

 アパートに着くと大家さんに「これ、持って行ってよ」と、夕飯のおかずみたいな感覚で、お古の扇風機が貰えた。懸賞にでも当たったらしい。羽根無しの扇風機についても話していた。

 結局、二つとも願いを叶えてもらってしまった。あのコには感謝しなければいけないな(あと、大家さんにも)。

 あのコは本当に天女だったのか?

 目の前であんなものを見てしまったら信じるしかないけれど。

 まあ、色んなやつがいる世の中だ。天女くらい居ても、おかしくないのかもしれない。

 ともあれ、明日の七夕からは涼しく過ごせそうだ。

 

 

 

 

 

お題

・腕時計 ・扇風機 ・ヴァンパイア

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