押忍!番長より 〜 サキと轟 最終話
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最終話 サキと轟

 

3月某日。勝負当日のグラウンド。

ドッジボールのコートにサキと轟が対峙していた。その場にはオブザーバーとして操、怪我人対策でマチコ先生、審判兼立会人に薫がいた。まず轟とサキが薫の許でルール確認と緒注意を受けていた。

「以上、ルールに則り怪我の無いよう。」

薫の話が終わった所で轟がサキに話し掛けた。

「いいのか?疾風の。ドッジボールで。紙相撲でも良かったんだぞ?」

「いいんだよ!それとも何か不都合でもあるのかい?」

「いやそんな事は・・・」

「じゃあさっさと始めようか。先生?頼むよ。」

そう、彼女はなにか余計な事を言ってしまいそうな自分を抑えていた。さっさと始めてしまいたいのは本音だった。

「よし、では双方コートに分かれて。」

しかし、サキの様子を見ていたマチコには何か引っ掛かるものがあった。

「あの子・・・何か思い詰めてるんじゃないかしら・・・」

 

サキが自軍フィールドに戻ると瑠璃が声を掛けて来た。

「本当にいいんだよね。サキ。後悔しない?」

「後悔か・・・しないとは言えない。でもケジメつけなきゃいけないんだ。応援しててくれる奴のためにも。」

「そう・・・分かった。よーしじゃあみんな!聞いて!攻撃は私とサキに任せて、みんなはサキを守る事に集中する事。いい?」

「はい!」

瑠璃の言葉にメンバーたちが声を揃えた。

「さーて私も覚悟決めなきゃね。あれ?サキ・・・?」

サキは仲間の輪から離れて相手のフィールドに向かっていた。そして舎弟を呼ぶ。

「・・・この前はありがとうな。」

「な、なんスかやぶからぼうに。あ、この前のタイマンの事スか?」

「違うよ。勇気を出せ、って言ってくれた事さ。これがアタイの勇気。よく見てな。」

「そうスか・・・わかったっス。」

そして二人はそれぞれのフィールドに分かれた。

一方、轟側のフィールドでは轟が困惑して立っていた。

「えーと・・・」

そこには舎弟が―――――たくさんいた。実機の設定がそうなのだから仕方がない。

 

「準備はいいか?では、試合開始いいいいいい!」

 

薫の合図で試合は開始された。ボールはまずサキがキャッチした。秘めた思いもあって気合が違う。瑠璃と二人で舎弟「たち」を次々に薙ぎ倒していった。サキの微妙に変化するアンダースローの球は中々厄介で、捕りづらい上に軌道が低く、股間を直撃しやすいというその性質は男性チームである轟側には相当な脅威だった。そしてその球に警戒し過ぎると今度は瑠璃の直球が顔面を狙って来るという、なかなかいいコンビネーションだった。相手からの攻撃はメンバーが壁になり、バレーボールのレシーブのように腕で上に跳ね上げ自らへのダメージは減らし、味方に拾わせるという作戦を採り試合はサキ側優勢で進んで行った。

 

そんなこんなでいつの間にか轟チームは轟と舎弟一人になってしまっていたが、ある所でついに轟がボールを手にした。

「・・・まずい!」

それを見た瑠璃が呻く。

「よくもまあ二人でこれだけ片付けてくれたのう!」

と一言の後、彼は例の左足を高く上げるフォームで振りかぶった。それを見たサキは覚悟を決めた。

(来る!あいつの必殺球!今まで捕れた事は無いけど、今捕れれば勝てる!それに・・・これを止められなきゃどっちにしろ負ける!)

「来たよ!みんな!サキを・・・」

瑠璃の指示を制してサキが叫ぶ。

「壁はいらないよ!これを攻略しなきゃ勝ちは無いんだからね!」

「な!?バカ!何を考えて・・・」

「往生せいや!」

豪腕から大砲とも形容すべきボールがサキを目掛けて放たれた。しかし、轟はサキの様子に違和感を覚えた。

「な!?正面から受け止めるつもりか!?やめろ!お前には無理だ!避けろ!」

叫びながら走り出す轟。しかし投げたボールに追いつく訳も無く、ボールはサキに到達しようとしていた。

「捕る!」

「サキィ!」

 

ぱあああああああああああああああん

 

乾いた音とともにボールはサキの腕の中にあった。が、衝撃は彼女の体を貫いた。当たって弾き飛ばされるなら衝撃は分散されるが、足を止めて捕るという事は衝撃を全て受け止めるという事である。先日の、ベンチを破壊した時と同じレベルの衝撃がサキを襲った事になるのだ。そして彼女はその場に膝を突いた。一度捕ったボールはその腕からこぼれ、意識は遠のいて行く。そんな中彼女が感じたのは自分を抱き止める逞しい腕と、

「・・・チコ先・・・早・・・保健室・・・」

という、途切れ途切れに聞こえる叫び声だった。

(あ、これってなんか幸せかも)

そう思いながら彼女の意識はブラックアウトした。

 

彼女が目覚めて目にしたのは保健室の白い天井だった。

「・・・そうか・・・はは、負けちゃったんだ・・・」

そう言いながら、彼女は痛みを感じる腕に目をやる。そこにはまだボールの模様がうす赤く残っていた。

「捕れたんだよね。捕れたのに・・・悔しいな。」

「あら?お目覚めかしら?」

その気配を感じたマチコが声を掛けた。

「あ、先生・・・」

「気を失ってる間に診させてもらったけど、体に異常は無いみたいね。でも、もう少し寝て行く?」

「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございました。」

「そう・・・無理はしちゃだめよ。それと、お友達は先に帰したけど大丈夫かしら?」

「大丈夫です。一人で帰れますから。本当にありがとうございました。」

今この人に何か言われたら余計な事を言ってしまいそうだ、そう思ったサキはそそくさと着替えを済ませ、挨拶もそこそこに保健室を出た。そこには、轟達が落ち着かない様子で佇んでいた。

「疾風の!大丈夫なのか!?」

サキが出て来ていの一番に声を掛けたのは轟だった。

「だ、大丈夫だって。てか自分でぶっ倒しといて大丈夫かも無いもんだ。」

轟のその、この世の終わりのような表情にサキは(あ、コイツこんな顔もするんだ)とちょっと可笑しくなった。

「だってよお・・・まさか正面から捕ろうとするとは・・・」

「本当にもう・・・ちょっとは手加減も覚えなさいよ、この筋肉バカは。」

二人の横から操が言う。

「冗談言うな。手加減なんて、相手に失礼な事が出来るか。」

「しようとしたって出来ないくせに・・・」

「うっ・・・そ、それより疾風の、どこか痛んだりしてないか?」

「あんまり馬鹿にするなよ。ほら、この通り。」

サキはそう言って軽くジャンプしてみせる。

「ううう、無事で何よりっス。」

「・・・もう解ったから。・・・帰ってもいいか?」

「ああ、すまん。そうだな。帰って休んだ方がいいよな。」

「・・・じゃあな。」

簡単な別れを告げ歩き出すサキ。轟はその背中に声を掛ける。

「またな!次は紙相撲でも卓球でもいいぞ!いつでも勝負受けるからな!」

その言葉にサキは半身だけ振り向き、寂しげな笑みを向けると再び踵を返して歩き出した。その背中を見送る一同の中、操だけがその笑みの意味に気付いていた。そして少しの時間を置いて、ぼそっと操が言う。

「鈍感男・・・」

「ん?なんだって?」

「もう!轟君!追いかけて!」

「え?」

「駄目だよ!今追いかけないと、きっとサキさんと二度と会えないよ!」

「な、意味がわかんねえ!」

しかし舎弟には理解出来た。

(あ・・・!サキさんの勇気ってそういう事だったスか!それは・・・違うっスよサキさん!)

「轟金剛〜〜〜!!!」

「はひっ!」

操が叫ぶと轟はびくっと気を付けの姿勢を取った。

「回れ〜右!!!駆け足〜!!!」

「はひ〜!」

「サキさんに会わないで帰って来たら、酷いからね!!!」

「!!!」

その時、轟の脳裏に”パンチルーレットの刑”という言葉が浮かんだ。その言葉の意味は我々には解る物ではないが、轟を恐怖させるのには充分だった。

「いってきまーーーーーす!」

走り去る轟。

「あらまあ青春ねえ。」

保健室から出て来たマチコが轟を見送りながらそう言った。

「でも・・・操さんはこれでいいんスか?」

舎弟が操に訊ねる。

「これでいいって・・・あ、舎弟君も勘違いしてるクチね。私が轟君の事好きだって。」

「え?・・・違ったっスか?」

「違います〜。だいたい私、付き合ってる人いるもん。」

「あら、そうなの?誰かしらね?ミス轟を射止めた幸せ者は。」

それを横で聞いていたマチコが興味深そうに訊ねた。

「エヘヘ〜。実は来てるんですよ。呼びましょうか?ヘイカマン!マイダーリン!」

何故か英語。

「ハーイ」

現れたのは白ランの大男だった。

「ず、ずいぶんと思い切ったわね・・・」

「い、いつから付き合ってるんスか?」

「温泉旅行から帰って来たあとぐらいかな。告白されて。ね?」

「テレマース。」

「そうスか・・・ほっとしたっス。」

「へ?なんで?」

「あ、いやいや、こっちの事っス。(番長、これであとはあんた次第っスよ!)」

 

そのころ轟は校門を出た所で困っていた。

「しかし、校門出て・・・どっちへ行った!?あいつの家ってどっちの方!?」

 

一方サキは帰るでもなく、なんとなく河川敷まで来ていた。

(負けちゃった・・・か。もう会わないんだよね・・・サキ。)

(どっか遠くへ行っちゃおうか。あいつに会いたくても会えないくらいの遠くに。)

(って一介の高校生にそんな事が出来るわけも無いか。)

涙で目が滲んで来る。

(強いくせに喧嘩嫌いで優しくて・・・)

(勝負の種目はいつも相手の得意な物を選んでくるお人好しで・・・)

こみ上げて来るものを必死で押さえ付ける。

「やっぱり大好きだよお、うえーん。」

漫画的な表現の言葉で自分に対しておどけてみるが、逆効果だった。声を出した事が引き金になって、大粒の涙が頬を伝う。彼女はもう人目が無い事も手伝って、その場に立ち止まって子供のように嗚咽を上げて泣き始めた。

(おーい!疾風のー!)

(あはは、幻聴まで聞こえて来た。でも幻聴まで通り名なんだ・・・一度ぐらい名前で呼ばれたかったな。)

(おーい!ガコガコガコ)

(なんかボリュームが上がったな・・・下駄の音まで・・・って、本物!?)

彼女は反射的に逃げ出した。

「冗談じゃない!こんな顔・・・見られてたまるか!」

「お、おい!なんで逃げるんだよ!」

(来ないでよ!今優しくされたりしたら期待しちゃうじゃない!諦められなくなっちゃうじゃない!)

だが、ほどなくして追い付いた轟に腕を掴まれた。

「はー、はー、な、なんで逃げ・・・お前泣いてるのか?」

「な、泣いてなんかいないよ!」

「やっぱりどこか痛むのか?」

サキは心の中で豪快にズッコケながら悪態を突く。

(バカバカバカ!子供じゃあるまいし体の痛みで泣くもんかい!痛いのは・・・心だよ。)

「大丈夫だって言っただろ?そ、それよりわざわざ追いかけて来て何の用さ?」

「い、いや、操の奴がさ、追いかけろ、今追いかけなきゃ二度と会えないとか言うもんだから・・・」

(うっ・・・鋭い。さすが女同士。でもこいつは・・・)

「で、あんたは?あんたの意思は?」

「すまん、正直操が怖かっただけだ。」

「あー!もうなんなのよ!もういいから一人にしてよ!なんだってこんなの好きになっちゃった・・・」

そう言いかけた所で慌てて言葉を飲むサキ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

長い沈黙の後、口を開いたのは轟だった。

「・・・・・今・・・・・」

「わーっ!わーっ!」

「いや、だから・・・」

「なんでもないなんでもない!何も言ってないから!」

「そうか・・・じゃあ、」

轟はそう言いながらサキに背中を向け、

「ここから先は独り言だ。聞いてもいいし帰ってもいい。自由にしてくれ。」

そう告げた。そう言われて聞かない者はいない。サキも訝しげに轟の二の句を待った。

「俺には好きな女がいる。」

ズキっと痛むサキの胸。

「今年の正月、綺麗な人に会ったんだ。俺は・・・一目惚れって奴か?とにかく思い出す度に胸が苦しくなるようになったんだ。」

(知ってるよ・・・)

「でも最近、その女はとんでもない奴だったって事が判ったんだ。」

(・・・え?)

「実はその女はかなりのはねっ返りで、人にいちゃもん付けちゃ喧嘩を売るようなとんでもない女だったんだ。」

びくっと反応するサキ。

「その上負けず嫌いで意地っ張りでな、でも俺はそんな所が可愛いと思ってる。」

「嘘・・・でしょ・・・・・」

轟はそこまで言うと振り返り、言う。

「お前だったんだろ?」

あの時と同じ優しい笑顔で。そしてその手にはあのかんざしを持っていた。

「!!!」

それを見たサキの目からまた涙が溢れる。

「気付いてやれなくてごめんな。ほら、お前のガラスの靴だ。」

そう言いながら轟が差し出したかんざしをサキはおずおずと受け取った。

「こんな時は俺が髪の毛に差してやったりするのかも知れないが、悪いが俺にはそこまでの気障は出来ない。」

「もう・・・充分気障だよバカ・・・」

もう泣き顔を見られる事などどうでもよくなり、かんざしを両手で握り締めぽろぽろと泣くサキ。

「そ、そうか?」

「でも駄目だよ・・・二股になっちまうだろ・・・」

「二股って・・・操の事か?」

「他に誰がいるんだよ!」

「やっぱり勘違いされてたか・・・別にあいつとは付き合っちゃいないって。」

「嘘・・・信じないよ。」

「いや、事実なんだって・・・しょうがないな。これは秘密なんだが・・・」

「?」

「実はあいつは裏番なんだよ。」

「・・・・・・・・・・・・・はぁ?」

「これで納得できるか?(まあ、番長の俺の頭が上がらない相手だから間違っちゃいないよな。)」

「いやだって、いつも弁当作ってもらったりとか・・・」

「あれは自分の彼氏用のついで。と言うか毒見役だな。」

「じゃあ、いつも一緒にいるのは・・・」

「マネージャーみたいなもんか?さもなきゃ生徒会長と副会長みたいなもんか。」

「そ、それじゃあアタイは・・・」

「よく解らないが、多分一人相撲でも取ってたんじゃないか?」

みるみる赤くなるサキの顔。そして、

「いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

と、ドップラー効果を発生させる勢いで彼女は走り去った。本気の逃げ。

轟は一人唖然と見送るしかなかった。

 

1ヵ月後。4月某日。湖畔。

 

「それでそれからどうしたの?」

桜が咲く湖畔脇の歩道を操とマチコが花見がてらの散歩をしていた。道すがらの話題はそれからの二人だった。

「それがですね、サキさんそれから恥ずかしさの余りか家に引き篭もっちゃったんです。」

「な、なんで引き篭もり!?」

「これは私の想像ですけど、多分告白されたことを反芻して きゃー♪ とか悶えたり、恥ずかしさで鬱になったりの繰り返しだったと思いますよ。」

「青春ねえ。で?」

「そしたら今度は逆に轟君がアタック開始しまして。毎日通ったらしいですよ。サキさん家に。」

「あの轟君が?意外ねえ・・・」

「鈍感だけど、気持ちが伝われば全力で応える男ですからね。それで一週間目にようやく会えたらしくて・・・」

「それから?」

「それからは・・・あっ」

その時、操が何かを目に止める。

「先生、ほら、あれ。」

マチコは操の視線を追った。

「まあ♪」

そして、目を細めて言う。

「ふふっ、お節介の甲斐はあった・・・かな?」

 

春の柔らかい日差しの中、桜を映す湖面に浮かぶ一艘のボート。その上にサキの膝枕で昼寝する轟の姿が見えた。

 

おわり

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