honey
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終わったあとに、抱き寄せられたところで意識が途絶えた。

 

そうやって、たいてい泉水子のほうが先に眠ってしまうし、目が覚めると深行は走りに行っていることが多い。

 

だから、こんな日はけっこう貴重だ。泉水子は目の前にある深行の頬にそっと触れた。

 

 

特別なケアはなにもしていないはずなのに、わりと綺麗な肌をしている。規則正しい穏やかな寝息を聞きながら、起こしてしまわないよう慎重に頬を撫でた。

 

見つめられると胸が苦しくなるので、普段はなかなかじっと見ることができない。こんなふうに、じっくり観察できる日がくるとは思わなかった。

 

伏せられた睫毛を眺めているうち、胸にあたたかいものが広がっていく。

 

夢みたいだな、と思う。こうしてそばにいられること。一緒に朝を迎えるなんて。

 

 

求めてはいけないと思っていた。だけど、深行は泉水子のそばにいることを選んでくれた。

 

頭のどこかであきらめていた泉水子に、深行は誰にも左右されずに自分で考えることを教えてくれた。

 

泉水子は追いつけるよう精一杯努力をしたし、深行は時に歩調を緩めて、同じ速さで歩けるように守ってくれた。

 

 

(生きていくことの贈りもの・・・)

 

本当に大変なのは、これからだということは分かっているけれど。

 

引き寄せられるように、泉水子は軽く触れるだけのキスをした。

 

ドキドキしながら無上の幸福を噛みしめていると、

 

「ん・・・」

 

深行がうっすらと目を開けたのでギクッとした。

 

慌てて少し距離をとると、深行は無理やり意識を叩き起こそうとするみたいに眉根を寄せた。

 

しばらくそのまま見つめ合う。眠そうな顔はとても無防備で。どうやら先ほどのキスには気づいていないようで、泉水子は心からホッとした。

 

貴重な時間があっさりと終わりを告げてしまったことを残念に思いながらも、気恥ずかしい気持ちで声をかけた。

 

「おはよう・・・」

 

深行は何も答えず、じっと泉水子を見つめたまま動かない。

 

「深行くん?」

 

目と鼻の先の彼にドギマギしていると、深行はやおら泉水子に覆いかぶさった。

 

「えっ あ、あの」

 

「・・・泉水子」

 

低く掠れた声が耳をうつ。耳や首筋に繰り返しキスをされて、泉水子は真っ赤になって深行の胸を押しやった。

 

「や・・・っ みゆ、ちょっと待っ・・・あっ」

 

抵抗むなしく、腕がベッドに縫いとめられる。かーっと顔が熱くなった。

 

きっと起きていたのだ。本当はずっと起きていて、見つめていた泉水子をからかっているのだろうと思った。

 

だから、すぐいじめっ子の顔で笑うと思ったのに。唇は鎖骨に移動し、気がつけば彼の手が不穏な動きを始めた。

 

「・・・っ 深行くんっ」

 

触れられて嫌なわけがなかった。けれども、こんなに明るい状況で、しかも朝。羞恥に耐えきれなくて思わず声を張り上げると、深行はハッと顔を上げた。

 

「・・・え? あ・・・」

 

びっくりした顔で泉水子をまじまじと見つめる。

 

どれくらいそうしていただろうか。しばらく放心していた深行は、ばつが悪そうに目をそらして「悪かった」と呟いた。

 

「ええと・・・ううん」

 

泉水子が首を振ると、深行はホッとしたようだった。

 

「・・・ちょっと、走ってくる」

 

こくこくうなずく泉水子に、深行はもう一度謝った。こちらを見ることなくベッドから下りて、ジャージに着替え始める。

 

(・・・もしかして)

 

胸がきゅうっとなって、泉水子はたまらず布団の中にもぐりこんだ。

 

たぶん、間違いない。思わず頬が緩んでしまう。

 

寝顔だけでなく、寝ぼけているところも見てしまった。

 

くすぐったい気持で身悶えていると、深行が部屋を出て行く音がした。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

すっかり日課となっている朝晩の走り込みも、もう何年になるだろうか。

 

鈴原家居候時代から続けている早起きはまったく苦ではなく、当初は体力作りが目的だったジョギングも、いつしか心地よく感じるようになった。新鮮な空気を肺に入れると、思考も身体もクリアになっていくのが分かる。

 

 

・・・やってしまった。

 

昨夜終わった後。疲れたのだろう、胸を上下させてくったりとしている泉水子をそっと抱きよせた。

 

頬を撫でると、彼女は幸せそうに微笑んで、手の平にすりすりとすり寄ってきた。その可愛さに心があたたかくなると同時に、去ったばかりの衝動が込み上がってくる。

 

愛しい気持ちと欲求との両立。きちんと抑え込んでいたはずだった。

 

それが、寝ぼけて襲うなんて。どれだけなんだと自己嫌悪に頭を抱えたくなった。

 

怒っているだろうか。深行に組み敷かれた泉水子は、真っ赤な顔で困り果てた表情をしていたし、しかもそのあと布団に潜り込んでしまった。

 

 

ひとしきり汗を流して頭は冷えたけれど、このまま帰る気になれなかった。深行は自宅前にあるコンビニに立ち寄った。

 

家に充分常備してあるスポーツドリンクを買い物かごに入れ、スイーツコーナーをついでに眺める。

 

お嬢様育ちの泉水子は、物珍しいのか、わりとチープなものを好んだりする。自分の買い物ついでに何の気なしに買ってやったらととても喜んだので、いつしかそれが習慣化していた。だからこれは、ご機嫌とりなどではない。習慣だった。

 

自分に対してまったく意味のない言い訳をしながら物色していると、いちごが乗ったプリンに目がとまった。

 

 

帰宅すると、洗濯洗剤のいい香りがした。

 

食事も洗濯も、泉水子はいつも嬉しそうにやってくれる。甘えるのもどうかと思い、一度「気を使わなくていい」と言ったらしょんぼりしてしまった。

 

それ以来深行は口をつぐんだ。本音では嬉しいのも事実だった。

 

「あ、お帰りなさい」

 

洗濯ものを干し終えてベランダから入ってきた泉水子は、深行に気がつくとふんわりと微笑んだ。

 

どうやら怒ってはいないらしい。深行は内心胸を撫で下ろし、泉水子に買い物袋を渡した。

 

「やるよ。細かいのがなくて、ドリンクだけじゃ悪いから、ついでに買ったんだ」

 

走る時に金は持たないので、支払いはスマホの電子マネーだったのだが。

 

だけどそう言わないと、泉水子は遠慮をしてしまうから。その奥ゆかしさは愛しいけれど、男としてはもどかしいときもある。

 

泉水子は中を覗き込むと、顔を輝かせた。

 

「わあ、美味しそう。でも・・・いいの?」

 

「鈴原が食べないと困る」

 

ダメ押しを聞いた泉水子は、あどけなく表情を緩ませた。

 

「ありがとう。嬉しい」

 

うつむきながら微笑む泉水子が可愛くて、うっかり手を伸ばしそうになった。つい先ほど己の煩悩を反省したばかり。しかも汗だくの状態で。

 

自重しなければ。もっと穏やかに、ふたりの時間を大切にしようと固く心に決めて、深行は浴室に向かった。

 

 

朝食後、さっそく泉水子はいちごプリンに手をつけた。普段は小食な泉水子も、デザートは別腹だと言う。微笑ましくて深行が笑うと、泉水子はバカにされたと思ったのか頬をふくらませた。

 

甘いものは別段好きなわけではないが、 甘いものを食べている泉水子の笑顔は深行の心を和ませる。

 

ホイップクリームが泉水子の口の端についていたので、つい唇を寄せた。

 

 

真っ赤になった泉水子を見て、深行は朝の反省を思い出したのだった。

 

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

深行くんと一緒にいてとにかく嬉しい泉水子ちゃんと、本懐を遂げて暴走しがちな自分を抑える(泉水子ちゃんにめろんめろんな)深行くん(笑)

「反省しない男だねー」の相楽くんは、きっとこの我慢はもたないと思います(きっぱり)

 

今回はご機嫌とり(?)でしたが、コンビニとか行ったら必ず泉水子ちゃんにお土産を買っていたら可愛いなと思いました。喜ぶ顔が見たくてせっせと餌付け☆

 

 

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