【新5章】
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【氷劇の行路】

 

 

君は獣から逃げている。

けれども、

途中で荒れ狂う大海に出会ったら、

獣の口のほうへ引き返すのか?

 

 

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久しぶりに姿を見せたお日さまに、少年は気持ち良さそうな表情を浮かべた。

青い空と、太陽の光を浴びてキラキラ輝く一面の雪。

真っ白な雪原に足を踏み入れながら、少年は白い息を吐き出しつつ今日一日をどう過ごそうかと少しばかり思い悩む。

しばらくして結論が出たのか、雪だるまを作ろうとにこにこしながら雪玉を転がし始めたこの少年の名を、スノーといった。

 

朝から家周りの雪かき作業に駆り出されてしまったが、それもひと段落。ならばこの後は自由だと、スノーは親から次の手伝いを言われる前に逃げ出している。

だだっ広いだけのこの場所には遊具などない。雪という遊具がそこら中にあるのだから、特別な道具は必要ないのだ。

手始めに雪だるまをひとつ作り終えたスノーは、さらにその周りに雪うさぎを量産していく。賑やかになった周囲を見渡し満足げに頷くと、次は何を作ろうかなと腕を組んだ。

そんなスノーをクールな目線で見守る瞳に気付き、スノーはもさもさと雪を踏みしめ相棒の元へ進む。

幼い頃からずっと一緒に暮らしている相棒、ペンギンのペンスケ。どうやら彼は遊びに出たスノーを追い掛けてきてくれたらしい。

そんなペンスケを抱き上げスノーは「次はきみを作ろう!」と笑顔を浮かべた。

にこにこ微笑むスノーに「仕方ないな」と目線を落とし、ペンスケは愛用の釣竿を取り出す。そのままスノーの腕からすり抜け、その場にぽすんと座り込んだ。

このポーズで作れということらしい。

任せてと笑ってスノーは雪を集め始めた。

 

ペンスケの雪像を作り始めてすぐ、どこからかスノーの名を呼ぶ声が聞こえてくる。幼馴染の声だと気付いたスノーは、作業の手を止め周囲を見渡した。

予想通り、雪原の彼方からゆっくりとした足取りで人影が近付いてくる。

 

「ガイザー、どうしたの?」

 

「遊ぼうと、思った」

 

ガイザーと呼ばれた少年は、身体に付いた雪を払いながらスノーに笑いかけた。

その言葉にスノーは喜び「今ペンスケ作ってたんだ!一緒にやろうよ!」とガイザーの手を引き雪の塊の元へと導く。

ガイザーと一緒ならもっと大きく出来そうだと笑うスノーにつられてガイザーも笑い「任せろ」と手甲を自慢げに掲げた。

ああだこうだとふたりで話し合いながら雪を集め削り組み上げ、釣りをするペンギンの像を作り上げていく。

雪像がほとんど完成した頃に、スノーたちの元へ滑るような早口で流れる声が届けられた。

 

「探したぜなにしてんだ?滑りに行こうぜほら早く早く!」

 

「ジレット。…もっと、ゆっくり、喋、」

 

シャランと氷の粒を撒き散らし、スノーたちの前に現れたのはジレットと呼ばれたスケーター。ジレットはガイザーの言葉を最後まで聞かず、ぐいと手を引きそのまま滑り出す。

「スノーも早く来いよ今日は氷の調子がスゲーいいからさ!」という言葉だけを残し、そのままジレットはガイザーを掴んだまま彼方へと消え去ってしまった。

あとに残されたスノーは一瞬の出来事に苦笑し、持っていた雪をその場に下ろす。相変わらずせっかちなやつだなとペンスケを抱き上げ、スノーは急いで後を追った。

雪像はまた後で作ればいいよねと問い掛ければ、ペンスケはこくりと頷きジレットの立ち去った方向へと手を伸ばす。

ジレットの向かった氷原の近くには釣りに適した湖があるため、ペンスケとしても早く行きたいらしい。

 

「うん、早く追いかけなきゃ。ジレットのスピードだとガイザーは目を回しちゃうだろうし」

 

生活のテンポが真逆の友人ふたりを思い出しながら、スノーはぽてぽてと足を早めた。

間に合いますように。

 

■■■

 

スノーはジレットのいる氷原に到着するや否や苦笑を漏らす。案の定というか、ほぼ予想通りの光景が広がっていた。

ガイザーは早すぎるスピードに目を回し、ジレットはそれに気付いているのかいないのか、楽しそうに猛スピードで走り回っている。

スノーが声を掛けるとそれに気付いたジレットは高速移動を緩め、ガイザーを小脇に抱えながら「遅いじゃん!」と怒ったように頬を膨らませ近寄ってきた。

 

「ごめんね。…ガイザー、生きてる?」

 

「…む…」

 

目をくるくるさせジレットに抱えられながらもなんとか返事を返したガイザーは、ふらりとその場に座り込む。

「少し、休む」と顔を真っ青にしながら項垂れるガイザーを労わるように、ぽふとペンスケが手を添えた。

看ててくれるらしい。

 

「休んだら、もういっかい、滑、りたい」

 

大丈夫?と小首を傾げたスノーに、ガイザーはぐるぐるしてたら何か閃きそうだったからもういっかいチャレンジしたいと強い目で語る。

ぐるぐるしてドカーンとなる感じだと擬音過多な説明をされ、さらに首を捻るスノーだったが本人が気に入ったならばいいかと氷原へと足を踏み入れた。

 

「ジレットは目が回らないの?」

 

「?なんで目が回るのさ楽しいだろ?」

 

無駄な問い掛けだったと察したスノーは笑い、引っ張ってと手を伸ばす。

「オーケーオーケー!トバすぞ!」とジレットはスノーの手を引き氷原を走り始めた。

目が回るような早さだが頬を撫でる風が心地よい。また目紛しく変わる景色も面白かった。

 

「ガイザーも同じこと言ってたぞそれでぐるぐるしても目が回らないようにするにはどうすればいいのかって聞くから1点だけ見てろって教えたんだけど畑違いだなオレは氷上ダンスには詳しくねーからさァ!」

 

「え?ガイザー踊りたいの?」

 

知らねえ本人に聞きなよもう回復してるだろ!と笑ってジレットはガイザーの元へと滑って行く。

ザッと澄んだ音を立て氷を削りつつジレットが止まったが、急ブレーキを受けて勢い余ったスノーはぼんと雪の上に投げ出された。

柔らかい雪の上だったため痛くはないが雪まみれになったスノーを笑い、ジレットは「オレもう一回り滑ってくるわ!」と彼方へ消えていく。

留まるということを知らない友人を笑いつつ、スノーは体についた雪を払いガイザーを探した。

 

「元気?」

 

「元、気になった」

 

へらっと笑うガイザーだったが、まだ顔が青白い。ぼくも休みたいからもうちょっと休んでなよとスノーはガイザーの横に腰を下ろす。

ジレットに聞いたんだけどと話題を振れば、ガイザーは嬉しそうに説明を始めた。

 

「ぐるぐる、すれば、後ろから襲われても、平気、だ」

 

「…ああ、そういうことか。氷上ダンスやりたいのかと思った」

 

実際氷上ダンスの華は高いジャンプと綺麗な回転技だ。あと正確なルート取り。

この大陸でも何回か催され、曲に合わせて氷上を舞う姿は見ていて面白かった。雪と氷にまみれた国だが、きちんと娯楽は存在する。

だからガイザーもダンサーを目指すつもりなのかと思ったのだが、ガイザーは「回転していれば全身武器になるから攻防両方で使える」という意図でぐるぐるしたいらしい。

まあ確かに最近物騒だから、ガイザーの考えにも納得できる。

 

「ジレットは、そっちは得意じゃないと、言うが、ぐるぐる、」

 

「面白そうだね!ぼくもやろうかなー」

 

スノーがそう言ったら「ふたりで、ぐるぐるしたら、危ない」とガイザーに首を振られた。

こう回れば良いだろうかと雪の上でくるりと回るガイザーと、もう少し早いほうが格好良いかもと感想を述べるスノー。

ふたりでワイワイ話し合っていたら、一回りし終わったらしいジレットが帰ってくる。

楽しそうな様子のふたりに気付いたのか、ジレットはむうと頬を膨らませ仲間ハズレにされたことを怒った。

「一緒に滑ろうぜー」と出されたジレットの手をふたりで掴み、再度氷上へと躍り出る。

ペンスケはふうとため息をついて、楽しげに回る3人を横目に釣り糸を垂らしていた。

 

■■■

 

思い切り遊んでぐっすり眠った次の日、スノーはひとりで雪原を歩いている。

今日も晴れ。晴天が続くのは珍しいと、若干上がったテンションに導かれ祠に行ってみようと歩みを進めていた。

あの辺りは危険だから行くなと親から再三言われているが、駄目だと言われたら行きたくなるもの。

大人が禁止する場所とはどんなところなのだろうかと好奇心が刺激され、前々から気になっていた場所だ。

危険だとはいえ、遠くから眺めるくらいなら大丈夫だろうとスノーは親の目を盗みこっそり抜け出し祠を目指す。

キラキラ輝く雪を蹴散らし、途中創作意欲をくすぐられ道すがら雪だるまを量産しながら、スノーは真っ白な雪原に足跡を残して行った。

 

そろそろ祠のある場所だとウキウキしながら顔を上げれば、雪とは違う白さを持ったモフモフした物体が目に映る。

スノーが「?」と観察すれば、その白いモノはもぞりと動きつぶらな瞳をスノーに落とした。

あ、これ生き物だ、とスノーが把握したと同時にその白い生き物は大きく胸を叩きながら威嚇の声を上げる。

 

「パフォ、ぱふぉぱふぉ、パフォ、ぱふぉーーー!!」

 

大きな音と大きな声に威圧され、スノーの脳内で警報が鳴った。

ああなんだっけ、父さんから聞いたことがあるような。

確か、白くて、毛むくじゃらの、

 

「うわあああああ!雪男だぁあああああ!!」

 

雪に紛れ生息する白いモフモフの生物を見て、スノーはその生き物の俗称を叫ぶ。

警戒心が強いらしく、滅多に姿を拝めない希少生物。確か正確にはイエティという名が付いているはずだ。

ただ、今スノーの目の前にいる雪男は話に聞いたイエティよりもずっと大きい。じゃあなんだこれ。

新発見?と明後日の方向に意識を飛ばしていたスノーは、雪男が己の腕をぐるぐる回し始めたのに気付いた。

腕を回しながら近付いてくる雪男は、そのままスノー目掛けて拳を振るう。スノーが慌てて拳を避ければ、元スノーがいた場所の雪が勢いよく飛び散り大きな穴が出来上がった。

避けなければ潰されてたと顔を青くするスノーは、いやに殺気立っている雪男に向けて持っていた武器を向ける。

スノーの得意武器は長い棒。棒の先端が鎖で繋がれており、分銅棒と呼べば良いのだろうか、先端が錘になっている武器だ。

まあ武器ではあるのだが、普段は雪でできた自然の落とし穴に引っかかった際のつっかえ棒とか、錘部分を木に引っ掛けて登るためとか、雪で埋もれた道を探るためとか、そういった用途に使っていた。武器というよりは日常生活用の便利な道具という側面が強い。

実戦で使うのは初めかもと多少戸惑いながらも、スノーは己の命を守るため雪男と闘うことを選んだ。

逃げたとしても、ここは一面雪の中。子供の足で雪男から逃げ切れるとは思えない。

だったら、ギリギリまで抗ってやろうと、そちらのほうが生存できそうだと、スノーは武器を握り直す。

スノーは一応雪の民の長の息子。護身術くらいは習っていると、棒を振るい風を切って雪男に対峙の意思を示した。

 

■■■

 

分銅棒、とは、かなり特殊な武器であり、避けにくい武器とされている。

柄の部分を受けても錘が襲い、錘の部分を受ければ鎖が絡まり拘束されていまうからだ。

つまりは柄の部分と錘の部分、両方を一度に対処しなくてはならない。

そんなことが、興奮状態の雪男に出来るだろうかと問われれば「否」と答えるしかないだろう。

スノーの放った分銅棒は雪男の頭を打ち、その大きな体を雪の上に倒れ臥せた。

戦いはしたがスノーは雪男を倒す気など更々ない。多少弱らせて、その隙に逃げようと思っただけだ。

倒れたまま動かなくなった雪男に驚き、スノーは恐る恐るといった風情で状態を探る。

 

「…たおしちゃった…?」

 

これは良いことなのか悪いことなのか。襲われはしたが殺すほどではなかったと無為な殺生をした気持ちになりつつ、スノーは弔うように手を合わせた。

しばらく目を閉じ祈っていたスノーは、雪を踏みしめる音と小さな鳴き声に気付く。

目を開け顔を上げれば、倒れた雪男に寄り添うに小さな白いモフモフが目の前にいた。

「あれ?」と首を傾げたスノーに気付いたのか、その白いモフモフも顔を上げスノーと顔を合わせる。

 

「…えっ?」

 

「ばふぉ?」

 

互いに同じ方向へと首を傾げ、しばらく見つめあった。

突然現れた小さな雪男に混乱しながらも、スノーはなんとか状況を理解しようと頭を回す。

話に聞いたイエティとはこのサイズの雪男のことをいうのだろう。

では先ほどの大きな雪男は、このイエティをそのまま大きくしたようなあの雪男は、イエティの成長版なのだろうか。

ということはこの白いモフモフと先ほどの雪男は、親子。

 

つまり、ぼくは、この子の親を、この手で殺した、のだろうか。

 

眉を下げるスノーとは対照に、イエティはもふっと首を傾げた。

生まれたばかりなのかそれとも世間に疎いのか、警戒心が薄いらしい。

そんなイエティを見て、スノーはぐっと拳を握る。この子に生き方を教えるべきこの子の親を殺してしまった自分は、罪を償うべきだ、と。

決意した強い瞳でスノーはイエティに近寄り手を差し伸べた。

これからぼくが代わりにいろいろ教えるから、だから、

 

「ともだちになろう?」

 

スノーのその言葉を理解しているのかいないのか、イエティはキョトンとつぶらな瞳を向けてくる。

それでもスノーの気持ちが伝わったのか、イエティはスノーの差し出した手をちょんと触れ「ばふぉ」と目を細めた。

スノーも微笑み、まずはと倒れた大きな雪男の墓を作りごめんなさいと熱心に手を合わせる。イエティも見よう見まねでそれに習い、ふたりで雪男の冥福を祈った。

 

■■■

 

イエティとの出会いから数日、スノーは毎日のようにイエティに会いに行き生き方を教えていく。

これは食べられる、あれは食べられない、あそこは大丈夫、あっちは危ない。スノーの知っている範囲だけだが、イエティは素直に育っていった。

ただまあ、弊害として、少しばかり人間に慣れた雪男に育ってしまったのだが。

どうやらスノーのせいで「人間はよいもの」と認識しはじめているのか、比較的人里近くに現れるようになってしまった。「最近妙にイエティを見掛けるな」と集落の中で噂になっている。

その噂を聞いたときのスノーの心境は想像できるだろう。同時に大人たちが「危険かも」と狩りの相談を耳にしたのだから、スノーとしては食べていたシチューを吹き出し慌てる他ない。

突然息子が食べ物を吹き出したら親としては心配するが、当の息子がその心配に「ななななんでもないよ!ちょっと遊びに行ってくるね!」と捨て台詞だけ残して走り去っていったのだから見送ることしか出来なかった。

 

 

「あんまり!人里近くにきちゃダメ!危ない本当に危ないこのままだと父さんたちに狩られる!」

 

スノーは慌てた足でそのままイエティの元へ行き、必死の形相で忠告する。

必死なスノーの説得に寂しげな表情で鳴くイエティを見て、もふんと背を撫でながら「ぼくが毎日遊びに行くから、寂しくないようにするから」とスノーが宥めればイエティは渋々頷いた。

人里離れた場所にイエティを誘導し、また来るからねとスノーが手を振ればイエティも同じように手を振り返す。

イエティに見送られながら帰路につくスノーは「いつかちゃんと友だちだって紹介しよう」と心に決めた。今はまだ世間知らずなところがあるから無理だけど、もう少し大きくなったら、と。

そうすれば今後狩られかけたりしないだろう、とふかふかほわほわな友人の毛並みを思い出しスノーは頬を緩ませる。

モフモフは素晴らしい。きっと紹介すればみんなすぐ虜になるだろう。

だからもうしばらく、ぼくが大人になるまで、あのふかふかをひとりじめ。

明日もまたふかふかしに行こうとスノーは軽やかに雪原を蹴った。

 

■■■

 

宣言通り、スノーはほぼ毎日雪まみれになりながらイエティと遊ぶ。

この日はスノーが赤い飾りを持ってきてイエティに結んであげていた。

白いふわふわの毛に赤い飾りはよいアクセントだ。似合うよと褒めればイエティも嬉しそうに微笑む。

イエティを着飾っていると、人の話声が冷たい風に連れられスノーの耳に届いた。

普段はこんなところまで人は来ない。よもや以前話していたイエティ狩りが実行されているのだろうか。

慌ててスノーはイエティに離れるように指示し、人の気配を探ろうと木の影から人のいる場所を覗き見た。

確認すればそこにいたのはやはりスノーの集落の人たち。というか、人々の中心に己の父親がいる。

顔見知りだからとスノーは姿を現し、イエティが逃げる時間を稼ごうと父親に声を掛けた。

 

「父さん、どうしたの?」

 

スノーの声に父親は驚き、まずスノーが人里離れたこの場にいることを叱る。

雪玉転がしてたら来ちゃっただけだと嘘の言葉を並べ、スノーは再度「どうしたの?」と問い掛けた。

本当にイエティ狩りならばどうしようと眉を下げながら。

そんなスノーの態度に軽く首を傾げながら、父親は「海賊が出たから見回りをしている」とため息まじりに説明をする。

 

「ただでさえ氷の化物がデカい面して迷惑しているのに、さらに海賊が出てきて厄介だ」

 

見回りをしている理由を掻い摘めばこんなところだろうか。

氷の化物、とは、この地を氷漬けにしようとしている魔皇のことだ。外見や声色的に女性だとされている。

魔皇の名の通り皇を気取り、我が物顔で罪のない大地や人々を凍らせている。凍らせる理由は単純明快、自分が過ごしやすいから、暑苦しくてウザいから程度。

自分勝手な理由で冷気を撒き散らすものだから、この地に住む住人は凍らされてたまるかと徹底抗戦しているが結果は芳しくない。

なんせ大地そのものを凍らせるのだ。実る作物も食べ物となる生物も寒さに負けて死に絶えていく。

このままではジワジワと追い詰められていくだろう。彼女はそれだけ非道なことをしている。

そんな厄介な魔皇の他に、皆の海を我が物顔で暴れ回る迷惑なものが現れた。それは己らを海賊と名乗り、海の上を駆けずり回る。

陸地にいれば魔皇が襲い、海に出れば海賊が襲う。おかげでこの地の住人には、逃げる場所など有りはしない。

しかもどうやら海賊は近頃地上にあがってきて、さも当然のように略奪行為をしているという。

近くの集落が襲われたと聞いていたが、ついにスノーたちの集落にまで現れたらしい。

 

「スノー、すまないが薪を集めておいてくれないか。あいつらせっかく集めた薪を盗っていきやがったから」

 

他にも色々と奪われたらしいが、怪我人はほぼいないようだ。抵抗した住人が軽く負傷した程度で済んだらしい。

手当をするにせよ何にせよ、家を暖め食事をするには薪が必要だ。早急に集めなくてはならない。

この地での薪の重要度を把握していたスノーは父親の言葉に頷いて「いっぱい集めとくよ」と胸を張った。

そんなスノーの言葉に微笑んで、父親はスノーの頭を撫で「任せたからな」と残し見回りに戻っていく。

気をつけてねと皆を声を掛けつつ、スノーは父親たちを見送った。

 

父親たちが戻ってくるまで、スノーは黙々と薪を集める。

逃げたはずのイエティもこっそりと戻ってきてくれたので、イエティにお手伝いをしてもらった。

力持ちのイエティのおかげで普段より多くの薪を集めることができたスノーは、そろそろ父親たちが戻ってくる時間だとイエティに教え見つかる前に逃げてと背中を押す。

物足りなそうなイエティに別れを告げ、スノーがひとりで待っているとざわざわとした話し声が戻ってきた。

スノーが出迎えると父親たちは大量の薪に驚いていたが、よもやイエティが手伝ったなどとは思わない。

よく頑張ったなと口々にスノーを褒めて、みんなで薪を両手に抱え集落に持ち帰ることとなった。

あたりはもう薄暗い。寒さが厳しくなる前に戻ろうと、誰ともなく足は早まっていった。

 

薪を抱えたスノーたちが集落に帰ると、辺りが何やら騒ついている。不思議に思ったスノーたちが話を聞けば、父親たちが見回りに出ている間に再度海賊が略奪に来たらしい。

備蓄していた残りの薪も奪われてしまったようだ。

慌ててスノーたちが持ち帰った薪を分配したがやはり足りず、このままでは夜を越せない。夜の寒さで凍え死んでしまうだろう。

海賊たちの横暴さに腹を立てながら、スノーはもう一度薪を集めに行くことにした。

 

「父さんは仕事があるでしょ?ぼくが行ってくるよ」

 

そう言ってスノーは、心配そうな父親の制止を振り切って薄暗くなってきた森の中へと向かう。

今のところは天気も大丈夫、ちょっと暗くて怖いけどあそこにはイエティがいるから大丈夫と呪文のように呟きながら。

スノーが森に到着すると、すぐにイエティが姿を現し嬉しそうに近寄ってきた。スノーもほっとしたようにイエティに近付き、事情を話す。

「ばふぉ」と胸を叩きイエティは森の奥へと消えていった。どうやら手伝ってくれるらしい。

確かに薪を集めるならば二手に分かれたほうが効率がいい。が、夜の森は怖いから側にいてほしかったなと眉を下げながらスノーもちまちまと薪を探していく。

慣れた森なのだが薄暗く、なかなか目的のものが見付けられない。幾度となく枝に頭をぶつけ、その度に雪を被れば流石のスノーもイライラしてくる。

その内怒りがが頂点に達したのか、スノーは頬を膨らませ文句を言い始めた。

 

「こっちも備蓄には限りがあるのに、海賊なら海にいてよ海に」

 

不機嫌になりながらもスノーがなんとか両手いっぱいの薪を拾えたころ、イエティが薪を抱えて戻ってくる。

大きな体に溢れんばかりの薪を見て、また得意げなイエティの顔を見て和んで、スノーから不機嫌さが消え去った。先ほどまでのイライラした口調はどこへやら、スノーは穏やかに微笑みながらイエティに走り寄る。

「ありがとー!」と礼を言いながらスノーはイエティに抱きつき、ぐりぐりと頬を寄せた。だいすき。

擦り寄ったスノーを見てイエティも嬉しそうな顔をし、えっへんと胸を張る。

スノーが持ってきた籠の中に集めた薪を乗せ、イエティが「まだ集める?」と言いたげな表情を浮かべた。が、その表情が一瞬固まり近くにある湖のほうへと視線を泳がせる。

 

「?」

 

「ばふぉ…」

 

スノーがイエティの妙な態度に首を傾げれば、怯えたような表情で返された。湖のほうに何かいたらしい。

スノーも同じ方向に目を向けたが、特におかしなものは見当たらない。気のせいだよと宥めても、イエティは怯えるばかりだった。

怯え方が尋常じゃないと思い話を聞けば、イエティも海賊に襲われたらしい。がむしゃらに腕を回し必死に逃げたから怪我などはないようだが。

イエティの話にスノーは目を丸くして、ならば怯えるのは仕方ないなと頷いた。

こんな素敵な子を襲うなんでやっぱ海賊は酷いやつらだ、と再認識したスノーはイエティをモフモフ撫でながら「今度海賊を見掛けたらちゃんと追っ払うからね」と安心させるように笑う。

 

「大丈夫だよ、ぼくがきみを守るから」

 

スノーがそう言えばイエティは「ばふぉ!」と嬉しそうに声を上げ、近くにあった細い木をへし折った。"かいぞくなんかこうしてやるー"と言いたげな表情のイエティに、スノーは「そうだね、一緒にやっつけようね!」と笑みを向ける。

まずはイエティが見たナニカを調べようとスノーは武器を握り締め、湖のほうに歩を進めた。

 

警戒しながら湖に来たが特に何もない。確かに今湖は少し揺れているように見えるが暗くてよく見えなかった。

首を傾げながら、スノーは気のせいかなイエティに向き直り「なにもいないよ」と笑い掛ける。

スノーのその言葉に安心したのか、イエティはもふりとスノーの側に近寄り湖を眺めるように座り込んだ。

スノーも同じように座り、イエティに寄りかかりながら「うん、夜の湖も綺麗だね」と幸せそうに呟く。

暗い湖など怖いの部類にはいるのだろうが、真横に白くてモフモフした暖かくて心優しい友人がいるなら話は別だ。

少し肌寒く風も吹いている。つまり今はべったりくっついていいタイミングだとイエティの毛に埋もれるくらい引っ付きながら、スノーは幸せそうに微笑んだ。

モフモフあったかい。

 

■■■■■

 

 

さてさて、

晴れの日での事柄だけを並べておりますが

こればっかりは仕方ない

『外に出られず部屋でのんびりしていた』

などと書き記しても無意味ですし

 

そうそう

吹雪、というものをご存知でしょうか

吹雪は音と視界を遮り、方向感覚を無くすもの

吹雪のなか数歩歩いただけでも命取りになります

 

闇と同じく

何もかもを奪うもの

原因はそれぞれではありますが

これをホワイトアウトと言います

色が真逆なのに性質が同じというのも面白いですね

 

ホワイトアウトというものは

奪うのは視界だけではありません

感覚全てを奪うのですよ

まあそれ故に

世界を隠せと唱えるのでしょうが

 

よもやそれを味方に付けた彼は

これからどう立ち回るのでしょうね

 

 

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■■■■

 

あれやこれやと月日は流れ、スノーは青年と言える体躯へと成長していた。

それに伴い集落の自警団にも入団を許され、友人たちとともに獣狩りや魔皇との小競り合い、海賊への警戒等を任されるようになっている。

とはいえ、今の所そこまで大きな争いは起きていないし、例え起きたとしてもスノーたちが駆り出されることはほぼないのだが。

今日も同じ年頃の友人たちと湖の側でパトロール。特に異常はなく、平和な昼食に興じていた。

暖かなシチューを食べつつ、スノーはのんびりと釣りに興じているペンスケをぼんやりと眺めている。

ジレットに「弁当にシチュー持ってくるヤツ初めて見たわ」と多少呆れられたものの、好物なのだから仕方ない。

ほこほこと湯気を発するシチューに惹かれたのか、「…食べる?」と問えばジレットもガイザーも喜んで手を出してきたのだから問題無いだろう。

3人で車座になりながら暖かいシチューで暖を取りつつ雑談していると、話は自然と魔皇の話になっていった。最近の旬な話題となれば、必然的にそうなるのだろう。

やれ氷の兵士に追い掛けられただの、人魚の音に耳をやられただの。

陸も海も敵ばっかだと3人は疲れたようにため息を揃えた。

魔皇の配下には人魚がおり、周囲の海を徘徊している。つまり魔皇は陸の征服だけでは飽き足らず、海も我が物にしようとしているのだ。

この大陸の周囲の海を己のものだと言い張る自分勝手な輩が、魔皇と海賊のふたつあることになる。

両者とも、今陸地に住む者のことなど一切考えていないらしい。

正直魔皇と海賊で共倒れになって、ふたつとも滅びてくれるのが一番幸せなのだが。

 

「ん?あそこ手を組んだんだろ?魔皇配下の人魚が海賊の子供産んだとかって騒ぎになってたぞ」

 

ジレットがシチューを啜りながらウンザリしたように話す。

俊足のジレットはその足の速さを買われ、あちこちの情報収集を任されていた。そして時たまそこで得た情報をスノーたちにも聞かせてくれるのだ。

ジレットからの情報に、スノーとガイザーは嫌なことを聞いたとばかりに表情を曇らせる。

魔皇と海賊が手を組んだのならば、陸海同時に侵攻されかねない。そうなったらもうお手上げだ。

表情を曇らせたふたりを見て、ジレットは「噂だよ噂」と手を振った。魔皇のとこから逃げ出したとか、魔皇のとこから奪ったとかなら手を組んだわけじゃないだろうとジレットは困ったように頭を掻く。

どちらにせよ、海で動きがありそうだとスノーは立ち上がり海の方角を指差した。

 

「…一応確認のために、ぼくらは海を見に行こうか」

 

困った顔でスノーが提案すると、ガイザーもジレットもこくりと頷いて同意の意思を示した。

「ペンスケはどうする?」とスノーが声を掛ければ、ペンスケはついて行くとばかりに釣り道具を片付け始めポテポテとスノーの足元で手を伸ばす。

スノーはそんなペンスケをひょいと抱え上げ、海の方へ向かって移動し始めた。一番近い海は森を突っ切った先。祠のあるところ。

まだ父親から許可は得ていないが、祠に近寄らなければ大丈夫だろうとスノーは森の中へと入っていく。

ついでに森の中を見回ったが、ここは魔皇の住処から離れた場所。特に問題なく通り過ぎていった。

 

しばらく歩き海へと到着したスノーたちは、波の音に歓迎を受ける。

ここに来たのは初めてだが、不気味な色をした辛気臭い海だとスノーは眉を下げた。他のところはそこまで嫌な感じはしないのだが。

早く帰りたいなと海に目線を向けた瞬間、スノーの背筋がゾワリと震え、得も知れぬ不安感に襲われた。

なんだここ、何かが、いる。怖いものが、嫌なものが、いる。おかしい、なんだろう、何故だろう。

初めて来た場所だというのに妙な感覚に襲われソワソワするスノーだったが、ジレットもガイザーもそんな感覚は感じていないらしい。

普通にスタスタ歩き回るふたりを見て「?」と戸惑うスノーを尻目に「異常ナシ!」とジレットは笑い、ガイザーに話し掛けていた。

 

「ココは魔皇も海賊もいないな!マァ魔皇は神殿を奪ってソコを拠点にしてっから魔皇はいねーか!その割にはたまにニンギョが湧いてるけどナァ!」

 

「…む、いない、な。住処から離れてる、から、」

 

「しっかしなんかブキミな海だよな淀んでるってーの?ヤベーもん沈んでそーだな!」

 

「!?、ぉ、…む、オレもここで、人魚を見、」

 

「泳ぎたいなんざ思わねーなココ気持ち悪い!ガイザーもそう思うよナァ!」

 

「!?、…なにか、沈んでる、か、、水底までは、見えな、」

 

スノーが戸惑っている間に、ガイザーの言葉に食い気味に喋るジレットと、会話のテンポについていけず微妙にズレていくガイザーの、コントのような会話が発生している。

ここらで止めないとわけのわからない状態になりそうだったので、悪寒を振り払いスノーはふたりの間に割り込んでいった。

昔から変わらないなこのふたりは。テンポは違うが気は合うのか仲が悪くないのが救いだと苦笑しながら。

ふたりの会話を取り持ったスノーは、問題がないなら帰ろうかと帰路に着いた。

良くない何かが居そうな海に、背を向けて。

 

■■■

 

集落に到着したスノーたちは各々帰宅するため別れを告げる。

ぼくたちも帰ろうかとスノーはペンスケを抱き上げたまま自宅へと向かった。

自宅には父親が帰っており、丁度良いとスノーは今日の報告を済ます。

スノーの言葉に一瞬面食らったらしい父親だったが、軽く頭を掻いた後、スノーに向き直り真剣な表情を作った。

今日のこと、祠近くの海で妙な悪寒に襲われたこと、を軽く話しただけなのにここまで真摯な眼差しで返されるとは予想だにしておらず、スノーは目をパチクリさせる。

戸惑うスノーを尻目に「もう話してもいいだろう」と真面目な声で父親は語り出した。

父親が話してくれた内容は、スノーの一族についてだった。

 

昔々、この海で大暴れをしていた化物がいたらしい。

海の王を名乗る、地上全てを海に沈めようとした恐ろしい邪悪な化物。

その化物を何とか退け、もう二度と現れないように海の底に封印を施したのがスノーの一族だった。

祠はそれを封じた印のようなものらしい。

それからずっと、何代にも渡って封印が解かれないよう守ってきたのだという。

 

突然語られた己の先祖の話を聞いて驚いたのはスノーだ。どうやら自分の一族はこの地を守る重大な使命を背負っていたらしい。

そんな重大な使命があるならば、幼いうちから教えるべきだと思うのだが。

特に何も教えられていない自分は、そんなに頼りなかったのだろうか。跡目を継がせるわけにはいかないと。

しょんぼりと眉を下げたスノーに、父親は優しく微笑み頭を撫でた。「そうじゃない」と笑い、父親は語る。

封印を守ると言い伝えられてはいるが、ただの一度も封印が暴かれたことはなかったのだ、と。

ならば、そろそろ自分たちの一族も封印から解き放ってもよいのではないだろうか、と。

封印を守るという使命から。

この使命があるせいで、スノーの一族はこの地からほとんど離れられない。いつ封印を暴こうとする輩が出てくるかわからないからだ。

現に今の守り手であるスノーの父親は、見回りと称して集落から多少離れることもあるがその程度で、基本的にこの場所から離れず長として人々と封印を守っていた。

しかし海は広い。大地も広い。この大地の他にもいくつか島がある。

世界はこんなにも広いというのに、使命に縛られ自分たちはその世界を見に行くことが出来ない。

族長になってしまえば、スノーは封印を守るためこの狭い世界に留まることを強いられる。

それは嫌だなと、父は思ったらしい。

ギリギリまで使命を話さず、のびのびと育て、広い世界を己の意思で見て聞いて知って欲しかったらしい。

いつの日か、さらに広い世界に出たいと望むのならば、喜んで送り出してやろうと。

だから話さなかったのだと父親は頭を掻いた。

まあその親心も、魔皇と海賊のせいで現状潰されているのだが。

なんせ外には魔皇の兵士がウヨウヨしており、海には人魚と海賊がウロウロしている。危なすぎて外に出せない。

ふうと重いため息を吐いて、父親は「跡目を継ぐかは自由だ。無理強いはさせないさ」と再度スノーの頭を撫でた。

 

一族のことや族長のこと、一気に色々話されて整理のつかないスノーは曖昧な返事を残し自室へと篭った。

ごろんと寝具に寝転がるが、いろんな気持ちが交錯しなかなか寝付けない。

大地を全て沈めようとする化物の封印を護る役目。

そんな大事な役目、自分が出来るのかなとスノーは何度も寝返りを打つ。

父さんのようにしっかりした強い人ならば、封印の守護とみんなの守護、両方出来るのだろうが自分はまだまだ自覚も経験も足らない。

特に今は、海賊だの魔皇だのが大暴れしていて大変な時期、自分が父さんのように立ち回れる気がしない、と困ったように足をバタつかせた。

長としてだけならまだしも、よくわからない封印にも気を遣えなんて、いや今まで封印が解かれたことはないと父さんは言っていたけどとスノーはため息を吐く。

封印か、と昼間訪れた祠周辺の海を脳裏に描いた。あそこで自分がゾワッとしたのは、封印を施した末裔に対する憎悪だったのだろうかとスノーは身体を震わせる。

嫌な気分になったが、封印されてるなら大丈夫、とスノーが己を落ち着かせるようにと息を吐くと、ふと昼間のガイザーたちの言葉が頭を過ぎった。

 

「…ガイザーたちは "祠の辺りで人魚を見た" って言ってたな…」

 

あそこは魔皇の住処から離れている。よくよく考えれば、あんな場所に魔皇の手下である人魚がいるのは不自然だった。

何故あの場所に魔皇の手下がいたのだろうか。

理由としてはいくつもあるだろう。ただ単に人魚的にあの禍々しい海が心地よいとかその程度かもしれない。

しかしながら可能性として大きいのは、手下を使い祠周辺の海を調べていた、だろうか。

調べていたならば、何故わざわざあんな辺鄙な場所を。

何もない何もいない。ただ澱んだ海があるだけの場所。

唯一あそこにあるのは、

 

「父さんはたしかさっき、化物は海の底に封じたって言って、た、な」

 

魔皇は、深海にいるらしい古の邪悪な化物を探すために、海底深くまで潜れる人魚という魔物を、あの場所に派遣していたのだとしたら。

もしかしたら魔皇の目的は、

 

「…海王の復活…?」

 

最も最悪の答えに辿り着いたスノーはガバリと起き上がり、真っ青な顔で窓の外を眺めた。

 

大変です父さん。あと父さんの父さんとか父さんの父さんの父さんとか、とりあえずぼくの一族の皆さま。

もしかしたら今この時代に、皆さまが守ってきた封印が解かれ、封じられた邪悪が解放されてしまうかもしれません。

 

強く冷たい風とともに雪と氷の粒が大きな騒音を奏でながら踊り狂っている姿を見て、スノーは寒さとは違う悪寒を感じ己の身体を抱きしめる。

これが正解であるならば、

ぼくらも、大地も、今ここにある全ての生命が、

危ない。

 

-4ページ-

 

■■■

 

朝になるまでほとんど寝付けず、ぼんやりとしたままスノーは父親に挨拶を告げた。

父の隣にはむすっとした態度のペンスケが座っている。昨夜部屋に連れ帰るのを忘れたため、一晩中閉め出されたのを怒っているらしい。

ごめんとスノーが謝れば、ペンスケはどこからともなく棒を取り出しスノーの頭に叩き込んだ。ペンスケの繰り出した、スノーとそっくりな動きを見て父親は笑い、スノーに顔を向け「昨夜の話は深く考えなくていい」と優しい声を掛ける。

小さく頷いてスノーは叩かれた頭を撫でながら「頑張る」と呟いた。スノーの言葉が聞こえたのか、父親は心配そうに、けれども嬉しそうに微笑んでスノーの背中をポンと叩く。

父親に背中を押されスノーは小さく笑い、今日はちょっと出掛けるからとまだ不機嫌そうなペンスケを撫でた。

ペンスケに「お留守番よろしくね」と言葉を掛けたが、スノーがペンスケにもう一度小突かれたのは言うまでもない。

 

スノーは留守番を任されとことん機嫌の悪いペンスケに睨まれつつも、武器を握りしめ外へと向かった。

集落のなかのひとつの家の扉の前でスノーは立ち止まり声を投げる。

 

「ガイザーいる?」

 

すぐさまバタバタとした音が響き、勢い良く扉が開いた。どうやら食事中だったらしい、口をモグモグさせながらガイザーが姿を見せる。

その姿に慌てたスノーは「うわ、ご飯中にごめん!ゆっくりでいいから!」と若干喉に詰まっているらしいガイザーの背中を撫でた。

口の中にあるものをなんとか飲み干したらしいガイザーは、ふうと息を吐いたあと「こんな、早く、に。ど、した?」と首を傾げる。

 

「ん、…大丈夫? えっと、昨日の話を詳しく聞きたいなって」

 

「昨日、?」

 

更に首を捻るガイザーにスノーが祠で人魚を見たって話だと伝えると、納得したようにガイザーは頷いた。

「何か探してるみたいだった、とか」と問えば、少し考えたあと「…言われ、てみれ、ば」と肯定の意を示す。妙な動きだったから印象に残っていたらしい。

ガイザーの言葉に、昨夜の予想がドンピシャかもしれないとスノーは武器を握る手に力を込めた。

そんなスノーの様子を怪訝に思ったのか、ガイザーが問う。

 

「どう、した?」

 

その問いにスノーは言葉を詰まらせた。

オロオロと戸惑うスノーを眺め、ガイザーはふむと家の中へ入りすぐさま装備を整えて戻ってくる。

ガイザーの行動に目をパチクリさせたスノーを笑い、ガイザーは手甲を掲げ「任せ、ろ」と言葉を紡いだ。

 

「なにか、厄介、事、だな?手伝、う」

 

驚くスノーをまた笑い、ガイザーは言った。

スノーは優しいからわかりやすい、と。スノーが強張った顔をしている時は厄介事を抱えてる時だ、と。

ならば手伝う。

 

「友だち、だろ」

 

そう言いながら微笑むガイザーにスノーは言葉を失くし、服の裾を掴みながら俯きふうと大きく息を吐いた。

何も言っていないのに何も説明していないのに、無条件で手伝うと笑みを向けてくれた友人に感謝しスノーはゆっくり顔を上げ、いつも通りの雪解けのような微笑みを浮かべる。

 

「…ありがとう。本当はすごく不安だったんだ」

 

朝から強張っていたスノーの顔は、ようやく解けて気持ちもふわりと落ち着いた。

「あのね、」とスノーはガイザーに事情と己の推理を話し、魔皇に海王の封印場所が割れているならば急いだほうが良いだろうと神殿のほうへと目を向ける。

 

「…そうか、なら、急いで、行こう」

 

事情を聞いたガイザーは怯んだり及び腰になったりせず、スノーの提案に頷いた。

現状魔皇の征服はじわじわ進行している。それに合わせてヤバいモノを復活させようとしているのならば、早めに叩いたほうが良い。

動くなら恐らく今、むしろ今しかない気がする。これ以上進行させると出遅れになりかねない。

互いの意見が一致したふたりは、足早に魔皇の住処に向けて走り出した。

もう手遅れであるなどとは微塵も思わず、まだ間に合うと信じていた。

 

■■■

 

そこら中をウロついている魔皇の兵士をすり抜けて、スノーたちは魔皇の住処である神殿へと辿り着く。

神殿の入口を覗き見れば、見張りはいつもの氷の兵士。微動だにせず入り口前に立ち塞がっていた。

この氷の兵士とは見回り中に何度か交戦したことがある。確かに冷気を孕んだ一撃は脅威だが、元が氷だからか多少脆い。

奇襲が成功すれば簡単に動きを止められるだろう。スノーはガイザーに目配せし、物陰から飛び出した。

奇襲は成功したらしい。パリンと儚く割れるような音とともに、ガラガラと氷の塊が崩れ落ちていく。

不意打ちを成功させたスノーは、音を立てて崩れた氷の兵士に目を向けて息を吐いた。

マズイな音を響かせてしまった。一応見張りは壊したけれど、グズグズしていたら今の音を聞きつけて他の兵士が沸いてくるかもしれない。

こんな所で時間を喰うわけにもいかない、急ごうとスノーはガイザーに顔を向けた。

ら、

 

「スノー、後ろ、だ!」

 

ガイザーが大声を出しスノーに向けて手を伸ばす。「へ?」と声を漏らしたスノーは、己の背後から不快な冷気が溢れていることに気が付いて、ゆっくりと首を回した。

神殿の中から出てきたのは、惜しげも無く冷気を振りまく氷の魔皇。仮面の奥で冷たくスノーを睨みつけている。

いや、厳密にはスノーの足元、だろうか。

視線の意味はわからないが、スノーは警戒しながら一歩後ずさった。まさか早々に本体が出てくるとは。

距離を取ろうとするスノーに向けて、魔皇はぽつりと声を凍らせる。

 

「私の可愛い氷の兵を、無残にも粉々にしたのは貴様か…」

 

そう言い終わるや否や、魔皇は持っていた杖を抱え上げ静かに魔力を収束させた。

これはマズイとスノーは駆け出し、ガイザーを引っ掴んで物陰に飛び込む。と同時にスノーがいた場所に大きな氷の塊が叩き落とされた。

周囲にはパラパラと氷の破片が宙を舞い霞みがかったように視界を奪う。そんな落ちた氷の威力と魔皇の怒りを示される中、魔皇は軽く舌打ちし「貴様も粉々にしてやる」とスノーに向けて凍てついた音を奏でた。

自分のお人形が壊されたのが気に食わなかったらしい。

自分は人の住む場所をとことん壊し、とことん奪っているにも関わらず、己が所有物を壊されただけで怒るとは。

魔皇の態度に呆れながら、スノーは物陰から声を張り上げる。

 

「なんで祠を調べてるのさ!あそこは、」

 

「…ほう、お前達にも伝わっていたか。あそこに封じられたバローロという悪魔のことを」

 

スノーの言葉に魔皇は少しばかり怒りを収め、面白そうに嗤った。

誰も使っていないのならば私が有効利用してやろうと思っただけだと魔皇は嗤い、「海そのものを御すればこの地の支配も楽になろう?」と愉しげに首を傾ける。

 

「ここは貴様らのような羽虫が多い…。今も私の兵を壊されてしまった。非常に不愉快だ」

 

嗤いながら魔皇はスノーたちのいる場所に杖を向け「鬱陶しいものを排除するには、全てを海に沈めてしまえば早かろう?」と魔法を放った。

戯れの魔法だったのか威力はなく、放たれた氷は岩場に弾かれるに留まり辺りに氷の粒を撒き散らす。

氷の粒に囲まれながら「もうすぐにでも海王は目醒めるだろう。素晴らしいと思わぬか!これで目障りなお前たちを消せるのだから」という魔皇の言葉を聞いて、スノーは表情を固くした。それはガイザーも同じだったようで、温厚なガイザーには珍しく怒りの表情を浮かべている。

スノーの予想は当たっていたらしい。やはり魔皇は海王を復活させ、己の手足として使役するつもりだったようだ。

そしてその危機は、既に秒読み段階に来ていた。

気付くのが遅かった。でもまだ間に合う。魔皇の言葉を信じるならば、まだ海王は目醒めていない。

多分恐らくきっと、今ここで魔皇を止めれば、間に合う。

そう考えたスノーとガイザーは、未だ氷の粒が舞い散る中物陰から飛び出して大声で叫んだ。

 

「ここの征服も!海王の封印を解くのも!」

 

「絶ッッッ対、させねええぇえ!!」

 

この地に元から生きている人間の、当然の叫び。

しかしそれは魔皇にとってお気に召さなかったらしく、みるみるうちに不機嫌そうな顔となり吐き捨てるように答える。

 

「生意気な!」

 

魔皇は苛ついたように杖を鳴らし近場にいた人魚を呼び寄せた。何事かと問う人魚に「あの生意気な小僧どもを叩き潰せ!」と命じ、己もしゃらんと杖を振る。

スノーたちとて引くわけにはいかない、この戦いがこの地の命運を握っているのだから。

 

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■■■

 

幼い頃、ぐるぐるすれば攻防両方で使える、と言っていたガイザーはどうやら見事にコツを会得したらしい。

見ているこちらの目が回りそうになるくらいの勢いでぐるんぐるんと体を回し、隙あらば敵に突っ込んでいく。

ハタから見れば妙な行動であるが、どうやら戦闘においてかなり有効であるようだ。

なぜなら、普通ならば攻撃に移る場合予備動作や構えを取るものだが、ぐるぐる回るガイザーにはそれがない。

そのため相手方も動きが読めないのか攻撃をほとんど避けられず、ガイザーの手甲によって切り裂かれていった。

数刻打ち合った後、魔皇がふらついたのを見逃さなかったガイザーはザッと音を立て回転を止め眉を吊り上げた表情で魔皇を睨みつける。

 

「怒髪天承!スピンロケット改!」

 

発射、と言うが早いかガイザーはきりもみ回転したまま飛び出していった。その姿は言うならそう、当人が言った通りの、回転飛行体だろう。

冷気を燃やしながら勢い良く魔皇に向かって飛んで行く友人を見て、スノーは驚きつつも慌てて軌道を目で追った。

魔皇に体当たりをしたあとぎゅんと空へ跳ねるガイザーに目を丸くし、オロオロしながらスノーはこの辺かなと大きく手を広げ待つ。

と、すぐに飛んだ友人が落ちてきて、派手な音を立てながらスノーを巻き込み着地した。

 

「おかえり」

 

「…すま、ん」

 

ガイザーをなんとかキャッチ出来たスノーは困った顔で「無茶しすぎ」とガイザーを小突く。

結局のところあれは派手な体当たりだ。ドラゴンではあるまいし、生身で体当たりなどすれば怪我をする可能性のが高い。

もう、と心配そうに叱るスノーにガイザーは少し腕を隠しかばいながら「平、気だ」と答え軽く笑った。

そんなガイザーを見てスノーは表情を曇らせる。やはり怪我をしたらしい。

スノーの視線に気付かず、ガイザーが辺りを見渡したが魔皇の姿はどこにもない。目に入るのは冷たく霜の降りた神殿だけ。

倒したのだろうか、それとも逃げられたのだろうか。

逃げたのならば目の前にある神殿の中だろうとガイザーが動き出すと、スノーに止められてしまった。

 

「ガイザー怪我してるでしょ。一旦帰って手当てしてから」

 

「しかし、」

 

「駄目」

 

ガイザーは粘ったがスノーは「駄目」の一点張り。確かに先ほど軽く負傷したが、そこまで騒ぎ立てるほどではない。

そう言ってもスノーは聞く耳持たず、最終的には力づくで連行されてしまった。

ズリズリと引っ張られるガイザーの視界に映るのは、無言で歩くスノーの背中。

スノーが怪我を気遣ってくれるのはいつものことだが、ここまで強引なのは珍しい。

妙な態度の友人にガイザーが首を傾げていたら、背中ごしに「ごめんね」と言葉を投げられた。

スノーが何に対して謝罪しているのかわからず、ガイザーの口からは「む?」と疑問の声が飛び出る。

 

「ぼくが連れてきちゃったから、怪我させちゃった。ごめんね」

 

スノーからの返答を聞いても尚更首が傾くばかり。

ついてきたのは己の意思で手伝いたいと思ったからで、戦ったのも己の意思で、魔皇の言動にムカついて思い切り体当たりしたのも己の意思。それで少し手首を捻った程度。

スノーの責任ではないと思うのだが。

そう言葉にしたと思うのだがスノーは「ごめんね」を繰り返すのみ。

 

「次は、うん、次なんて無いと嬉しいけれど、危ないことには巻き込まない、から」

 

ごめんねとまた同じ言葉を唱えて、スノーはそれ以上口を開くことをやめてしまった。

どうやらこちらの気持ちが上手く届いていないらしい。

伝わらないというのは悲しいなと、喋るのが苦手なガイザーは、友人の背中を見て寂しそうに目を伏せた。

集落に着くまでの間、物悲しげな風が雪を踏みしめるふたりの足音だけを運ぶ。

辺りはもう日が落ち始めていた。

 

■■■

 

集落に到着しガイザーの手当てをしたあと帰宅したスノーは、ポスンと寝床に倒れこむ。しょぼんと落ち込み、泣きそうな顔を枕に埋めた。

危ないことにガイザー巻き込んじゃった。ぼくが朝声を掛けなかったらガイザーは怪我なんかしなかっただろう、と。

元々期待していた。ついてきてくれたら嬉しいな、と。魔皇の所にひとりで行くのは怖かったから。

しかしそれで友人を怪我をさせてしまったら意味がない。

ポスポスと枕を叩きながらスノーは小さく声を漏らす。

 

「長になるなら、父さんみたく誰にも甘えずみんなを守らなきゃいけないのに、ぼくは…」

 

頼ってしまった、

優しい友人に寄り掛かってしまったと、スノーは力無く枕に顔を埋めた。

こんなんじゃ駄目だと首を振り、ぎゅっと枕を握り締める。

父さんみたく、みんなを守れるような長にならなくちゃいけないのに、あろうことか友人を巻き込み怪我までさせた。

ぼくが、みんなも、封印も、守らなきゃいけないのに。

己の不甲斐なさに泣けてきてスノーは目を潤ませたが、それを振り払うようにパチンと頬を叩きゆっくりと息を吐き出す。

 

「ぼくが、頑張らなきゃ」

 

そう呟いてスノーは前を向き、力強い瞳をぼんやりと作った。

空は真っ暗に染まりきり、月の光も星の光も遮られている。

その黒さを汚すように、ちらちらはらはらと白い雪が降り始めた。

まだまだ冬は終わらない。

 

■■■■■

 

 

動乱の時代に生きる守護者の末裔は、肩肘張りすぎて煮詰まり気味のようです

雪の民でありながら、雪のような柔らかさは鳴りを潜め、氷のように硬くなってしまいました

故に彼は氷騎士で氷海騎士

通り名からは雪という言葉が消えてしまう

今後新たに得る力も冷たく厳しいものばかり

雪らしさなど、どこにもない

 

 

ああそういえば、

ファーストペンギンってご存知ですか?

群の中で一番はじめに海に飛び込む、勇気あるペンギンのことだと

転じて、

困難に最初に立ち向かう、勇気あるひとのことだと言われています

が、

実際のところは、

己から飛び込むわけではなく

群の中の誰かに蹴り落とされて、無理矢理海に飛び込まされるペンギンのことなんですよ

 

勇気とはこれまた程遠い。

まあ世の中そういうものではありますが

 

さてさて、

代々続く使命というペンギンの群に蹴り落とされて

封印を守る責任という海の中に飛び込まされた

一族の末裔というペンギンは

その中でちゃんと泳ぐことができるのでしょうか

 

冷たい冷たい氷のような海の中、

ちゃんと気付くことができますかね?

 

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■■■■

 

みんなを守るために、仲間たちに怪我をさせないためにはどうしたらいいかと必死に考え、スノーは己が強くなれば良いと拳を握った。

魔皇の生死は不明だが、魔皇軍の活動は以前と比べ落ち着いている。

ならば今のうちに特訓しておこうと、スノーは日夜ひとりで鍛えていった。

ぼくが護らなきゃいけないと、それだけを想って。

特訓をして以前よりも多少強くなれたかなと己の身体を省みるが、あまりピンとこない。まだ足りないかなとスノーは休まず鍛えていく。

突然特訓をはじめたスノーを見て、周囲は首を傾げながら見守っていた。

そんな中、妙に根詰めている友人を気遣ってかジレットが特訓中のスノーの元を訪れ、甘い菓子を持ってくる。

それでも手を止めないスノーに頬を膨らませ、ジレットはスノーに菓子を投げつけながら情報を伝えた。

 

「今は落ち着いてるんだからそんな必死にならなくてもいいだろ?魔皇軍だけじゃなくて海賊も瓦解しそーなんだし」

 

「そうなの?」

 

ジレットの言葉にスノーはようやく特訓の手を止め、ジレットに向き直る。

確かに海賊たちは以前より大人しくなっているが、略奪が止まったわけではないし集落にもチラホラ姿を見せている。瓦解寸前だとは思えない。

怪訝な顔となるスノーに、ジレットはへらっと笑って己の足で調べたことを語りはじめた。

ようやくスノーが特訓を止めてくれたからか、少し嬉しそうな声色で。

 

「前、海賊の親玉に子供ができたって話しただろ?そいつらが原因みたいだぞ」

 

船の中で昼夜問わず泣き喚く赤子は船員にとって煩わしいもの。

その上、当の船長が「ここにいる奴らは皆俺の子供が大好き」だと思い込んでいるのか何をするにせよ当然のように己の赤子を優先し、海賊の活動を蔑ろにしはじめた。動くのは赤子のための道具が不足したときのみ。

これでは他の海賊たちは面白くない。他人のガキのために海賊やってんじゃねえんだぞと愚痴る海賊が出てきたらしい。

邪魔なだけの赤子を船から下ろしたくとも、母親の人魚が船に取り憑いているせいか追い出せない。というか、追い出そうとすると喧嘩だけは強い船長に睨まれてしまう。

海賊をやるために邪魔なモノたちを排除したいだけなのに、それが叶わない。結果、船員たちは不満を募らせているらしい。

幸せそうにしているのは船長とそのカゾクだけ。海賊船の中では、邪魔な赤子は疎まれ、役立たずの人魚は嫌悪され、腑抜けた船長は見放されはじめているようだ。

 

「やっぱリーダー格がダメなヤツだと集団は瓦解するな!怖い怖い」

 

ケラケラ笑うジレットにスノーは曖昧な表情を返した。自分に言われているように感じたからだ。

駄目な長は民を殺す。

自分はそうならないと言えるのだろうか。経験も知識も何もかもが足らないというのに。

ふうと大きくため息を吐いて、重い顔でスノーは空を見上げる。

目に映ったどんよりと曇った灰色の雲は、今のスノーの心境を表しているようだった。

 

突然ふっと暗い顔を見せたスノーの態度に驚いたのはジレットだ。

ヤバそうな海賊団が崩壊寸前"らしい"という若干曖昧な情報とはいえ、事態が良化しそうなネタを話したのにため息を吐かれた。

毎日鬼気迫る表情で武器を振り回し特訓に精を出す友人が心配になって、喜びそうな情報を探し伝えたのにため息を吐かれた。

海賊はリーダーが腑抜けたから潰れそうだがオレらはお前がいるから大丈夫だよな、という意味を込めて話したのに。

魔皇を退けたスノーがいるならこの集落は大丈夫、そこにガイザーもオレもいるんだから、仲間がいるんだから大丈夫。

だからひとりでそんな必死に強くなろうとしなくてもいいんだぞ?って伝えたかったのに。

どうやら変に思いつめて、こちらの気持ちがスノーに伝わらなくなっているらしい。

ガイザーに聞いた通りだなと困ったように頭を掻いて、ジレットはどこか遠くを見ているスノーを眺めた。

 

■■■

 

その日の夜、スノーが自室で本を読んでいると屋根裏から人の気配がしていることに気がついた。呆れたように本を閉じ、天井裏に声を掛ける。

 

「ユライ、何してるの?」

 

スノーの言葉に屋根裏に居る人物は驚いたような反応を漏らし、バツの悪そうな表情をしながら降りてきた。

「なんで旦那にはバレるのかねぇ」と頭を掻きつつ姿を現したユライと呼ばれた泥棒は、面白そうに苦笑する。

悪いやつしか狙わないんじゃなかったの?とスノーが苦言を漏らせば、気にすんなと至極適当に流された。まあ、盗られたところで困るものなど、多少はあるが、あまりないから構わないのだが。

 

「そういやスノーの旦那は知ってるか?海賊の親玉が持ってる宝石のハナシ」

 

ユライの問いにスノーが首を傾げれば、ユライは笑いながら「聞いたハナシだからそこまで詳しくはねぇけど」と詳細を語り出した。

曰く、海賊の親玉は海の底で見付けた宝石を妙に大事に抱えているらしい。

紫だか青だか深海を煮詰めたような色合いで、手のひらに収まらないくらいの大きな宝石。

結構高価そうだとユライは笑う。

 

「ま、オイラは手出しする気はねぇけどさ」

 

水に囲まれた船の中、しかも良い噂など微塵も聞かない海賊の船なんざ行きたくねぇと手をひらつかせ、ユライはひょいと窓に手を掛けた。

ユライはそのまま立ち去ろうとしたが、思い出したように言葉を落とす。

「その宝石、わかるヤツ曰く『ヤバい方の魔石』らしいぜ?んなモン後生大事に抱えてる海賊には近寄るなよ。オイラ、旦那のこと嫌いじゃねぇから」という忠告をしてそのまま闇夜へと消えていった。

何しに来たんだかとスノーはユライの去った窓を眺め、不思議そうな息を吐く。

まあ忠告通りにしばらく海賊には近付かないようにするけどと、スノーは頭を掻いた。

 

しかし、海の底のような色合いの魔石か、とスノーは首を傾げユライの言葉を反芻する。

海の底、つまり、深海の、ような色。

 

その単語に引っかかりを覚え、スノーは先ほどまで読んでいた本を慌てて捲り、何か記述がないかを必死に探す。

スノーが読んでいた本は、先祖が書き記した海の底に眠る化物に関する書物。これから封印を護るならばと父から渡されたものだった。

スノーはパラパラ頁を捲り、小さな囲いに目を止める。

手描きの絵姿と「呪宝」とメモ書きされた簡単な記述。先ほどのユライの話に出てきた宝石はこれかもしれないと、スノーは目付きを鋭くさせた。

深海の王、海王と呼ばれた化物は他にもいくつかの宝石を所持していたらしい。特徴としてはどれもこれも、海を煮詰めたかのような色合いをしているようだ。そして、どれもこれも、持ち主に良くない影響を与えるらしい。

故に、海王の憎悪が詰まった宝石、それ故呪宝。

それらの宝石は海王を封印した際、同時に海の底へと封じられたとされている。なのに、海賊の親玉はそれを持っているという。

何故彼がその封じられたものを所持しているのか。

 

「…もし、かして」

 

ぐるぐると考えスノーはひとつの可能性を導き出し、思わずぽつりと言葉を漏らした。

もうすでに海の底の化物は目覚めていて、それと同時に宝石も漏れ出したのではないだろうか、と。

もしくは海王の宝石が地上に出たのをきっかけに、目覚めたのかもしれない。

どちらなのかはわからない。が、どちらにせよ、海の底に封じたものはもうすでに復活している可能性が高い。

 

「海王、…海の王、か」

 

ぽつりとスノーは呟いて、海の方へと首を向けた。

封印した化物が復活しているならば、海王の名乗るものが復活しているならば、おそらく海に異変が起こるはず。

しばらく様子を見ようとスノーは困ったような瞳を浮かべた。

己の予測が外れていますように、と祈りながら。

残念ながらその願いは叶うことなどなかったのだけれど。

 

■■■

 

数日経った頃、海賊たちの動きが目にわかるほど変化し始めた。定期的に起こっていた襲撃がバラバラになり始め、規模が小さくなっている。

以前は徒党を組んで生活用品をごっそりと奪いにきていたのだが、小規模な人数で軽く追い払える程度にまで落ち着いていた。

ジレットが言ったように親玉への不満が大きくなったのと、ユライからの情報から導きだせたように海に異変が起きており、海賊団そのものが崩れてきているのだろう。

海賊たちが崩れている原因のひとつには、もしかしたら親玉の持つ呪宝があるのかもしれないと、スノーは妙にピリピリイライラしている海賊たちを見て思った。

禍々しいものが側にあったら普通の人間は精神がやられる。まあ持っていても平気らしい海賊の親玉とその嫁は、根っからの悪人なのだろうが。

 

とまあれ今の状態ならば海賊なんざ簡単に一網打尽に出来そうだと、スノーは海を眺め安堵したように息を吐いた。

これなら海賊側に警戒する必要はない。そのうち勝手に消滅し、航路も正常な状態に戻るだろう。

呪宝を所持している親玉だけはどうにかしないと危険だが、放っておけば他の海賊が処分してくれそうだとスノーは思った。

迷惑ばかり掛けてきた不愉快な存在はもうすぐ消える。まあ迷惑な気質は消えることなく、生き残った輩が同じように他人に迷惑を掛け続けるのだろうが。

 

スノーはちゃぽんと海に足をつけ、海水をゆっくりと踏み締めた。

海賊は瓦解寸前、魔皇軍は動きが鈍い。ならばもう大丈夫かと思いきや周囲の様子を見る限り、海に異変が起きている。

思い返せば幼い頃から海が安全だったことなどない。海賊が暴れ魔皇の手先がウロつく、魔界のような場所だったのだから。

その海は今も変わらない。

海賊も魔皇も弱化したのに変わらない。

なんせ封印は破られて、海の底にいた化物が目を覚ましたのだから。

周囲を見る限り確定だろう。

 

魔界のような海に囲まれ、魔界そのものの海に足をつけ、スノーは不気味に揺蕩う波に目を落とす。

ごめんなさいと先祖に向けて、悲しそうな音を唱えた。

代々護った封印は己の代で壊されてしまったと、スノーは申し訳なさそうに海水を蹴り飛ばす。

様子を見に何度か祠に行って見た。そこから見える海は暗く深く不気味なままだった。

魔皇を退けたのだから嫌な気配は消えるかもしれないと期待したが、そんなことはないらしい。

壊された封印は元に戻ることなどなく、ただただ海を澱ませていく。

荒れた海とそこに浮かぶ海賊船、大地を覆う冷たい氷。己の無力感に押しつぶされながらスノーは悲しそうに肩を落とした。

がんばったのになと小さな声を微かに鳴らす。全部無駄だったのかな、何もかも遅かったのかなと目を伏せた。

 

ぱしゃんと軽く水音を鳴らしながら海から上がり、スノーは海水を拭いながら陸地へと目を向ける。

こんな所に浸かっていたら淀みに染まってしまうだろうと、荒れた海に背を向けた。疲れたなとふらふら砂浜を漂っていると、よく遊んだ森が目に入る。

そういえば最近余裕がなくてモフモフの友人に会いに行けていない。ちらほら噂が聞こえているから元気なのだろうとは思うのだが、なんだか無性にモフりたくなってきた。

久々に会いに行こうか。

忘れられていないといいなと頭を掻きつつ、スノーはガサガサと森の奥へ入っていった。

 

確か彼の住処はこの辺り、とスノーは探るように森の中を歩き回る。

雪を踏み分けふたりでよく遊んだ場所に辿り着けば、予想通り、雪に紛れて白い友人が佇んでいた。

スノーが声を掛けるとイエティはモフッと振り向き、嬉しそうに駆け寄ってくる。忘れられてはいないらしい。

スノーも笑顔となりイエティに抱きついて久々のモフモフを堪能した。

近付いてみればイエティは以前よりも成長しモフモフ度が上がっている。そのモフモフした綺麗な毛に、昔スノーがプレゼントした赤い飾りを付けていてくれていたのだから喜びもひとしお。

自然と笑顔になりながらスノーは「まだ付けててくれたんだ、なんか嬉しいな」と頬を擦りよせた。

とはいえ伸びた毛に飾り絡んで見目が可愛らしくない。ちょっといいかなとスノーは一旦飾りを外し、長く伸びた毛を丁寧に編んでから再度付け直した。

すっきりしたからか、それとも見目が美しくなったからかイエティは喜び「イエイエ!」と機嫌の良い鳴き声を落とす。

以前より大きくなり、イエイエ鳴くのだから呼び名を変えたほうがよいだろうかとスノーは彼のことを「イエティ」から「イエイエティ」に改めた。

「イエイエ?」とイエイエティが首を傾げ、それに答えるようにスノーは「いえいえ!」と返せば、気に入ったのかイエイエティはモフんと両手を挙げて再度鳴き声を響かせる。

ここ最近いっぱいいっぱいだったスノーは無邪気に喜ぶ友人を見て、心のどこかが解けたかのような表情となり暖かい息を吐き出した。

 

「…久しぶりに、雪まみれになろっか!」

 

「イエイエー!!」

 

スノーが遊ぼうと提案すれば、イエイエティも賛成とばかりに声を上げる。

ああどうしよう、この子といると本気で癒される。魔皇とか海賊とか化物とか使命とか全部忘れるくらいには癒される。

モフモフ素晴らしい。

そんなことを考えながら、スノーは時間の許す限りモフモフに囲まれ蕩けていった。

少しだけ、ひと休み。

明日からまた頑張るから、少しだけ。

全部終わらせたらまたこの幸せな時間を堪能しよう。

これが最後になりませんようにと、心の奥で小さく願いながらスノーは暖かな白い友人に顔を埋めた。

 

-7ページ-

 

■■■

 

モフモフに元気をチャージさせてもらった次の日、スノーはひとり祠のある海へと足を向けた。

己の一族が封じたとされている、海の底に眠る深海の帝を鎮めようと、たったひとりで立ち向かう。

末裔である自分がやらねばなるまいと、大事な仲間や友人のいるこの地を沈めさせまいと、代々守ってきたものを護りきれなかった責任をとろうと、波打ち際に立ち塞がった。

空には雪が灰色の海を彩るかのようにちらちらと舞い始めている。

祠の側の澱んだ海でスノーは大きな声を上げた。

 

「バローロ!ここを沈めるなんて絶対させない!ぼくがお前を鎮めるんだ!」

 

普通ならばただの雄叫び。深海の帝も反応することはないだろう。

しかしながらスノーは封印を施した一族の末裔、バローロにとっては己を封じた憎い憎い血筋。

その末裔が己を再度封じると宣言したのならば、喚び寄せられてくるだろう。貴様のような人間にまた封印されてたまるか、と。

濁った海がゴボゴボと音を立て、海に穴を開けながらバローロが高笑いとともに姿を現した。

眼下にスノーの姿を捉えたバローロは笑みに形作った表情を吊り上げ、過去の恨みと憎しみを交えた声色を震わせ重厚な言葉を吐き捨てる。

 

「…貴様に真の闇を見せてやる」

 

己が長い間味わった深い深い暗闇を。

そう言うとバローロはパチンと指を鳴らし、スノーも大地も飲み込もうと大きな高波を起こした。

死の狂奏に溺れるがいい、とバローロは高波に憎しみそのものを乗せてスノーを襲う。

この地の海には憎しみが水面を漂っていた。全てを沈めようとするバローロに対して、全てを氷漬けようとするクジェスカに対して、海を己のものだと豪語する海賊に対して。

それに反抗する住人に対して、己を封じた一族に対して、己を嫌う船員に対して。

この地の生き物が抱いた憎悪を、全て受け入れ全て溶かし全てを海という姿に変えて。

その憎しみは、大きく広がり大地を全て囲ったまま決して離さない。掴んだまま道連れにしようと、ともに地獄へ落とそうと、ドロドロと汚れた波となり大地を襲った。

憎しみに満たされた魔海の呪いに当てられて、スノーは高波から逃げるのを忘れて立ち竦む。

 

「貴様も深海にくるがよい…。光の中では見えぬものが、闇の中では輝いているのだ…」

 

誘いの呪いを発しながら、バローロは嗤う。

光の中では非となるものが、闇の中では是とされた。価値観全てがひっくり返る。

気狂いだらけの世界では、マトモな人が一番おかしい。そんな世界に誘われて、スノーは怯えたように息を飲み込んだ。

 

人は元より死ぬために生まれてくる。それが虚しいと思った愚かな巫女は、己を悲劇のヒロインとばかりに嘆き悲しむフリをした。

そういう性格だからなのか、それとも長期間深海に居たから狂ったのか、バローロとともに復活したあとも悲劇のヒロイン面をして身勝手な主張を是としている。

どう足掻いても、救う必要性はないというのに。

そんな狂った世界の住人になれとバローロは誘う。

 

嫌だとは思うが足が動かない。

逃げたいと思うが身体が重い。

反論したいが口が動かない。

 

バローロからの威圧と大きすぎる憎しみに気圧され、スノーは眼前に迫る波に抵抗する術がなかった。

スノーが憎悪の波に飲み込まれるその瞬間、ガクンと身体が引っ張られ物凄い速さで引き離される。「!?」と声にならない驚きを示せば、視界の端に見覚えのある布の切れ端が映った。

 

「ホイ間に合ったセーフセーフ!ガイザーしばらくヨロシクぅ!」

 

「任、された!」

 

スノーの身体を抱えているのはジレット、スノーの目の前で壁となり立ち塞がっているのはガイザー。

思いもしないふたりの登場にスノーは目を丸くする。

 

「ん?うん、説明メンドイな!しなきゃダメか?ダメだな!説明してやるから一発蹴らせろオーケー?」

 

つらつらと一息で口を動かすジレットはスノーを砂浜に放り投げ、疑問も反論もさせないように一気に語り出した。

スノーの様子がおかしいなと思い始めたのは、ガイザーと一緒に魔皇の元へと行ったとき。その時のスノーの態度を不自然に思ったガイザーはジレットに相談したらしい。

それを受けてジレットが探りに来たらしいが、やはりどうにも様子がおかしい。妙に思い詰め、全てをひとりで背負おうとしている様に「こりゃやべぇ」と思ったそうだ。

だからと言って、自分たちを巻き込ませたくないらしいスノーが理由を教えてくれるはずもなく、悩んだ末にふたりはユライに協力を求めた。

そこまで聞いてスノーは色々と思い当たることがあったらしい。「じゃあ、あのときのユライは…」と小さく言葉を漏らす。

恐らくスノーか背負うものに関わる何かを探しに泥棒に入ったのだろう。ユライは首尾よくスノーの一族に関する書物を回収出来たようだ、でないと今ここにふたりがいる理由が説明出来ない。

 

「深海に封じた化物でゼンブ海に沈めようとしてるだっけか?んなもんにひとりで挑むなよバカ!ユライが"スノーの旦那が決死の表情で出掛けたぞ?"って教えてくんなかったら間に合わなかっただろーがバーカ!!」

 

バカバカバカと耳にタコができるくらいは連呼され、若干涙目になったスノーだったがそれを飲み込み「危ない敵だって知ってたならなんで来たのさ、あいつはぼくが、」と口を挟んだ。

ら、宣言通り思い切り頭を蹴り飛ばされた。

スノーは何故蹴られたかがわからない。危ないことに首を突っ込むなんて、やりたがるほうが稀だろう。

危険な敵、己の先祖が封じた敵。

大地そのものを沈められる強大な敵。

そんなもんに立ち向かえばどれだけ命があっても足らない。そんなことに仲間を巻き込みたくはなかった。

だから末裔であるスノーが命をかけてひとりでなんとかすべきだと、誰にも何も言わずに立ち向かったのに。

父さんみたく、仲間を大地を守ろうと。

そう口を開けば、今度は両頬をパァンと叩かれた。

 

「お前バカなんだな?お前のオヤジはひとりで何でもやってるわけじゃないだろちゃんと目ェ見えてんのか」

 

「…? 封印守るのもみんなを護るのも父さんはひとりで、」

 

「待てよ待ていやいやいや何?マジで見えてないのか?メガネ使え!あの人はなんかあったときは必ず集落の全員と話し合って全員で協力しようとするだろ」

 

何か起これば話し合い、適材適所な指示を出し、負担は軽く被害は最小限に抑えて来た。

そのため雪の民は厳しい寒さに晒されながらも、海からも陸からも襲われながらも、全員が生き延びている。

長が優秀だから、だけではなく、民全員が協力し合っているから、この寒さ堪える大陸で生きていけている。

父親はひとりで全て背負ってはいなかった。まずは仲間と相談して動いていた。

そんな当たり前のことに、スノーは気付いていなかった。

 

「父親がそうやってんのに次期長の息子のお前がそれやんなくてどーすんだよ。何?今後はワンマンで行く気?そうなったらオレお前をまた蹴っ飛ばすぞ?」

 

パシュっとスノーの真横を蹴り飛ばしジレットは笑った。

「お前さっきから"ぼくが、ぼくが"つってっけどなオレらがいるだろ」と笑いながらスノーの頭を小突く。

 

「正しくは?」

 

「……、ぼく『ら』、が」

 

スノーの言葉に満足げな顔を浮かべ、ジレットは「わかったならいいささてガイザーの手助けに行くぞ流石にアイツもそろそろヤベーだろうし」とスノーに手を差し伸ばした。

差し出された手に己の手を重ね、スノーは「うん」と力強く頷き、真っ直ぐな表情を見せる。

トバすぜと翔けるジレットに引っ張られ、スノーはまたバローロの元へと戻った。

先ほどまでの決死の表情と違った、しっかりとした意思を持った穏やかな表情で。

 

ひとりでやらねばならないと思い込んでいた。

父親はそうやっているように見えたし、元々封印をしたのは己の先祖だったから

責任を取らねばならないと。

でも違った。

頼ってよかった。

父さんもそうしてた。

封印をしたのは己の先祖だったし封印を護るのも己の一族なのだろうが、集落の仲間全員でそれを補佐していた。

ぼくが、封印を護るんじゃない

ぼくらで、封印を護るんだ

 

ああ、今なら

視える気がする。

 

再度バローロと対峙したスノーは、シャンと鎖を鳴らしながら己の武器を構えた。

その瞬間サァと雲が割れ、瞬く星が現れる。その星を見上げながらスノーは「導きの星々よ」北に見える不動の星に問いかけた。

いつでも変わらず同じ場所にある、迷った時に道しるべとなるひとつの星に。その星を探すための目印となる星々に。

 

「その輝きで、ぼくらの未来を映せ! 」

 

声を張り上げ星を辿り暗闇を手繰りながらスノーは雪の中を優雅に舞った。雪の民の名の通り、柔らかくそれでいて優しく冷たく身を鳴らす。

"ぼく"ではなく、"ぼくら"という言葉を使い、己を助けてくれる仲間の想いも武器に乗せた。

不動の星を道しるべに、スノーは思いのままに武器を振るう。

その一撃は道しるべに導かれ外れることなく、バローロに致命傷を負わせた。

 

「馬鹿な…この神海帝が…!だが深海の闇は消えぬ…、いずれ全てを飲み込むのだ…」

 

少しばかり不穏な呪いの言葉を残し、バローロはずぶりと海の底へと還っていく。

バローロが消え去った海は、穏やかに静かに波の音だけを響かせていた。

 

■■■

 

いつしか雪は舞いをやめ、空に残るのは黒色の空。

良い天気とはいえないが、スノーは空の様子とは裏腹に晴れやかな気持ちで砂浜にへたり込んだ。

ここ最近ずっと気を張っていたのだ、元凶を追い払い気が抜けるのも致し方あるまい。

そんなスノーに、ガイザーが困ったような怒っているような、微妙な表情で駆け寄ってきた。

何か言いたげなその顔は、言葉が見当たらないのかオロオロとするばかり。

苦笑しながらスノーは様々な想いを乗せて「ごめんね」と言葉を紡ぐ。

しかしその言葉を聞いたガイザーはむうと頬を膨らませペシンと軽くスノーを叩いた。

 

「ごめん、禁止」

 

「そうだぜこういうときは違うだろ」

 

怒ったようなガイザーとからかうようなジレットに挟まれ、スノーは目を泳がせる。

頭を掻いて少し口をパクパクさせたあと、

 

「…ありがとう」

 

と笑顔を向けた。

満足げに頷くふたりから、またなんかあったらひとりで行くの禁止だの相談しろだの散々叱られて、それでもそれすら嬉しくてスノーは「仲間っていいな」と頬を緩ませる。

恐らく今後、何があっても、このふたりはずっと味方でいてくれるだろうと。

そしてこのふたりが一緒にいてくれるならば、何があっても平気だと。

そのままスノーはふらりと倒れ、ゆっくりと意識を失った。

 

気が付いたら家の中の己の寝床の中。

目覚めたスノーは体を起こし辺りをキョロキョロ見渡した。

「ペン」と白いなにかが音を鳴らし、ぽふとスノーの肩を叩く。

スノーが驚いて顔を向ければクールな目付きのペンギンがスノーを労わるように立っていた。

ふうと息を吐いたのち、ペンスケはスノーの寝床から飛び降りてペタペタ部屋から退室をする。

「?」とスノーが首を傾げていると、すぐに扉が大きく開き友人たちが雪崩れ込んできた。

 

「やっと起きたな遅っせーぞ心配させんな!」

 

「大丈夫、か」

 

「ペン」

 

ジレットとガイザーとペンスケが口々に声をかけてきて心配そうな眼差しを向ける。

あのあと倒れてしまったスノーを運び、みんなで介抱してくれたらしい。

もう大丈夫だとスノーは笑い、少し目を泳がせながら伺うように問い掛けた。

 

「これから、また何かあったら、ぼくも頑張るから、その、」

 

いっぱい頼っていいかな、と。

口に出せば、仲間たちは一度呆れたような顔をして笑いながらこう言った。

「今更改まって言うことか」と。

 

窓から見える灰色の空に切れ目が走り、そこから暖かな陽射しが柱のように伸びていく。

穏やかな波が打ち寄せる海岸には、春がもうすぐそこまで迫っていた。

 

 

-8ページ-

 

■■■■■

 

さて、

まあ簡素ですが

こんなところで納めましょうか

 

元よりこの地は狂った地

なんせ船を使わない子に

航路という言葉が使われておりますから

なんらかの作為を感じます

 

ああ、行路でしたか

それでは何故わざわざその言葉を?

往く道不確かな、多様にある道筋に

何故わざわざ「行路」と?

 

疑問しかない不信しかない

故に簡素

いやはや本当に

魔海としか言いようがない

そりゃ悪魔が幸せになるに決まっています

まあ表面だけの薄っぺらいキズナなど

冬の終わりの氷と同じ

ちょいと突けば粉々になるものですけども

 

これであの地には

迷惑なモノが出てきたときに

動ける派閥が増えました

水の王子と雪の民

両者の実力は充分です

神殿に居座る迷惑なモノを

追い払うには最適なほどには

 

アレら、に

生きる場所など

ありはしませんよ

 

人は死ぬために生まれてきますが

殺されるために生まれる生き物も

この世にはたくさん存在しておりますからね

獣も虫でも、魚でも

 

さてさて、

次はそうですね

少し昔を見に行きましょうか

遠いので無事に着けるか不安ではありますが

まあ気ままに、風の吹くまま

毒されないよう、気をつけて

 

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説明
新5章。続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け
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