真・恋姫†無双〜江東の花嫁達・娘達〜(四)
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(四)

 

 馬から下りた恋は目の前に写る山越兵達に突っ込んでは一振りでなぎ倒していくことを繰り返していくと、無表情の赤毛の女将が拐と呼ばれるトンファーのようなものを両手に持って現れた。

 

「……誰?」

 

「尤突(ゆうとつ)」

 

 短く答えると尤突は拐を構えて恋へ突っ込んでいく。

 

 恋は方天画戟を構えないまま自分から突っ込んでいき、まず一撃を繰り出した。

 

 尤突はその一撃をまともに受けることなく身体を捻り、そのまま回転をつけて拐を恋の顔に向けて回転させる。

 

「……無駄」

 

 突き出した方天画戟を常人では不可能な速さで引き戻して勢いのついた拐を受け止めた。

 

「!?」

 

 まさか自分の一撃を受け止められるとは思わなかった尤突はすぐさま、間合いを取るため拐をバネにして後ろへ飛びのいた。

 

「……今度は恋の番」

 

 左手を前に突き出し、方天画戟を後ろに引き、突きの構えを取る。

 

「……いく」

 

 一言、つぶやくと恋は構えを取ったまま尤突へ突っ込んでいき、手の届く前の位置に踏み込んだ足に力を入れて方天画戟を繰り出す。

 

 避けることが不可能とみた尤突は拐を前で交差させてその一撃を受け止めた……はずだった。

 

「なに?」

 

 方天画戟の一撃を受けた尤突はそのまま押されていることに気づいた。

 

 そしてもう一度間合いを取る尤突は自分の腕が痺れており、いかにその一撃が重かったかを証明してた。

 

「これで終わり」

 

 そう言って恋は突き出していた方天画戟をサッと引き戻してもう一度強力な一撃を繰り出そうと同じ構えをとる。

 

 間合いを取ったとはいえ尤突も避けることも防ぐことも無意味と悟り、逆に強力な一撃を与えるために全力を数瞬で込めていく。

 

 その周りでは呉、山越の兵士達が激しい戦いを繰り広げていたが、恋と尤突の間には奇妙な静けさが漂っていく。

 

 尤突は拐を握っている手から汗が滲んでいたが握り直す余裕などないことがわかっていたため、そのままで恋を見据えていた。

 

 恋も尤突が隙のない相手なだけに視線を逸らすことはなかった。

 

 一歩、また一歩とお互いに向かって歩み寄っていく二人。

 

「「いく」」

 

 そうつぶやいた二人はまさに駆け出そうとした。

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 だがそこへ、

 

「恋殿〜〜〜〜〜!一大事ですぞ!」

 

 馬に揺さぶられながら音々音は大声で恋を呼んだため、恋は一撃を繰り出すことをやめて音々音の方を見た。

 

 隙だらけの恋に攻撃をしかける好機にもかかわらず、尤突も力を抜き音々音の方を見た。

 

「……ねね?」

 

 恋の近くにまでやってきた音々音は転げ落ちるようにして馬から下りて彼女に抱きついた。

 

 そして顔を上げた音々音の表情は悲壮感が漂っていた。

 

「へ、ヘボ主人が……ヘボ主人が……」

 

「?」

 

 音々音の普段ではありえないほどの狼狽振りに恋はただならぬものを感じ、一刀達が居た方を見た。

 

「何かあった?」

 

「ヘボ主人が……山越兵の矢を撃たれて魯粛殿と共に崖の下へ落ちたみたいですぞ!」

 

「!?」

 

 恋は自分が近くにいなかったことを後悔するよりも一刀が崖から落ちたという方に大きな衝撃を与えた。

 

 音々音は半泣きになって訴えるように言っているため、嘘ではないことぐらいは恋にもわかった。

 

 だが、もしそうならばここで戦っている場合ではなく、一刻も早く一刀を探さなければならなかった。

 

 尤突に背を向ける恋。

 

「どこへいく?」

 

 尤突は闘気をしぼませていく恋に不審感を覚えた。

 

「お前には関係ないことですぞ」

 

 音々音はキッと尤突を睨みつけるが、尤突はまったく気にすることなくただまっすぐに恋を見据えていた。

 

「……勝負」

 

「?」

 

「……預けた」

 

 尤突にそう言い残すと恋は一刀達の方へ走っていく。

 

「恋殿〜〜〜〜〜お待ちくださいなのです〜〜〜〜〜」

 

 馬に二度滑り落ちながらも何とか騎乗して恋の後を追いかけていく。

 

 その背後を襲うこともできたが、なぜか尤突はそれをせず二人を見逃した。

 

 そんな二人を黙って行かせた尤突は迫ってくる呉兵を叩き伏せながら恋と再戦が出来ることを望んだ。

 

「あいつ……強い」

 

 おそらく彼女が始めて感じた強者と戦う高揚感だった。

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 本隊に戻ってきた恋は山越兵を斬り伏せながら必死になって一刀を探した。

 

「ご主人さま……どこ?」

 

 彼女の大好きなご主人さまの姿を探すがどこにも見当たらない。

 

 それが余計に恋の気持ちを焦らせていく。

 

「ご主人さま」

 

 不安が高まると同時に山越への憎しみが増していき、何の躊躇いもなく山越兵の頸を刎ねていく。

 

「邪魔」

 

 一刀を探さなければならないのにその邪魔をしてくる山越兵に、次第に殺気をぶつけていく。

 

「恋殿〜〜〜〜〜」

 

 音々音はそんな恋が心配でならなかった。

 

 だが、自分には今の恋を止めることなど不可能だと悟っていた。

 

 それだけに一刀の存在が恋にとってどれほど大きなものなのかを痛感させられた音々音は意を決した。

 

「呉の兵士に告げるのです。これより山越を殲滅するため突撃するのですぞ!」

 

 音々音は軍師であることを自覚しており戦況を再確認した。

 

 恋の人智を超えた強さによって山越兵に動揺が広がっていると判断して兵力の再編成を指示した。

 

 そして恋が動きやすいように手配していく。

 

「旗を高々と掲げるのですぞ!」

 

 これまで見つからないように隠していた十文字の旗と呂の真紅の旗を高々と掲げさせた音々音は兵士に突撃を指示した。

 

 まだ全体に一刀がいなくなったことが知れ渡っていないため、何も知らない兵士は雄叫びを上げて山越兵に立ち向かっていった。

 

「恋殿!」

 

 ほんの少しの余裕が出来てきた頃、音々音は恋が戦っている方を見ると、そこには山越兵の亡骸が転がっていた。

 

「さすが恋殿です!山越だからといっても恋殿に敵うはずがないのです」

 

 喜ぶ音々音だが、その山越兵の亡骸を見ると笑顔が一瞬で消し飛んだ。

 

 どれも無残な姿を晒しており、必要以上に斬り傷があった。

 

「……ご主人さま」

 

 ゆっくりと崖の方へ歩み寄っていきながら、背後から迫ってきた山越兵の一撃を軽く避け、同時に頸を刎ね落としていく。

 

 崖の前に立ち、恋はそこで初めて悲しみを浮かべた。

 

 下を覗くと下の方で川が流れているが、落ちればただでは済むとは思えなかっただけに、一刀が心配でならなかった。

 

「……殺す」

 

 恋は絶望の中で憎しみを産み落とし、振り返って山越兵の方をにらみつけた。

 

「ご主人さま待ってて」

 

 そう言って恋は方天画戟を握り直してもう一度、山越兵に突っ込んでいった。

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 その頃、華雄は地に膝をついていた。

 

 左肩を赤い鮮血が染めており息も上がっていた華雄だが、ゆっくりと立ち上がり金剛爆斧を構える。

 

「ほら、やっぱり弱い」

 

 くだらない相手にあったてがっかりだといわんばかりに女将は呆れていた。

 

「ふん、こんなものかすり傷だ」

 

 口ではそう言うものの、痛みと疲労感で華雄はかなり消耗していた。

 

「強がっても無駄よ。あんたなんかよりずっとアタイの方が強いんだから」

 

 両肩に堰月刀をのせてどこまでも挑発する女将に華雄は息を整えていき、そして不敵な笑みを浮かべた。

 

「何笑っているのよ?」

 

 不利なはずなのに笑っている華雄に不快感を表す女将。

 

「なに、お前より遥かに強い奴を知っているからな。そいつに比べたらお前などまだまだ弱い」

 

 華雄はそう言って余裕を取り戻していく。

 

「ならそのアタシに負けるあんたはもっと弱いってことね」

 

 女将は叫びながら華雄に斬りかかっていく。

 

「ああ、私は確かに弱い。だが己が弱いと認めればいくらでも強くなれるものだ!」

 

 華雄は金剛爆斧を思いっきり振りかぶって、間合いに入った瞬間、目にも留まらぬ速さで横に薙ぎ払った。

 

「だから弱いって言ってるでしょうが!」

 

 軽々しく上に跳んで避けたが、それこそが華雄が望んでいた回避だった。

 

「うぉおおおおお!」

 

 両手で回転を止めてそのまま女将が避けた上に振り上げた。

 

「ち、ちょっ!?」

 

 まさか上にくると思わなかった女将はまったくの隙だらけであり、落下してくるところへ金剛爆斧の柄が女将のわき腹へ当たった。

 

「ほらよっと」

 

 女将はそのまま地に叩きつけられた。

 

「痛いわね」

 

 叩きつけられた身体をゆっくりと起こしていく女将は恨めしそうに華雄を見る。

 

 金剛爆斧を構え直すと華雄は笑みを向けてこう言った。

 

「これでお互い一撃をいれたな」

 

「こんなのまぐれよ」

 

「まぐれかどうかもう一度喰らえばわかることだ」

 

 華雄は余裕の笑みを見せると女将はため息を一つついた。

 

「あんたの名を教えてよ」

 

「名か?いいだろう。我が名は北郷一刀の臣、華雄だ」

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「そう。アタシの名は費桟(ふせん)」

 

 自分の名を明かした費桟は両手の堰月刀を構えて華雄に斬りかかっていく。

 

 華雄も左肩の怪我など気にすることなくその攻撃を受け止めて、お返しにと強力な一撃を打ち込んでいく。

 

「華雄、訂正するわ」

 

「何をだ?」

 

「あんた、それなりに強いわ」

 

「そうか」

 

 二人は後ろへ跳び、更なる一撃を与えようとそれぞれの獲物に力を込めていく。

 

「「はぁあああああ!」」

 

 刃同士が斬撃により激しい音が響きあう。

 

 二人の表情は強者との出会いで笑みが絶える事がなかった。

 

「せい!」

 

「やぁ!」

 

 次第に腕の動きも早くなっていく。

 

 身体中の至るところにも切り傷が増えていくが二人の闘気はまったく衰えを知らなかった。

 

「こんな面白い相手がいるなんて思いもしなかったわ♪」

 

「随分と余裕だな」

 

 二人は笑みを浮かべながらお互いに傷を負わせていく。

 

 そこへ山越の軍勢から銅鑼が激しく打ち鳴らされた。

 

「はあ?撤退?」

 

 後退の知らせに華雄を侮っていた時よりも遥かに呆れた表情を浮かべる費桟は一旦、間合いを取って華雄に後退することを告げた。

 

「今度はその頸貰うから覚悟しときなよ」

 

「それは私の台詞だ」

 

 華雄も自分の体力の限界が近いことに気づいたため、あえて撤退する山越の軍勢を追いかけるようなことはしなかった。

 

「またな、華雄」

 

 費桟はよほど五角に戦えたことが嬉しかったのか笑顔で手を振りながら後退していった。

 

「やれやれ」

 

 膝をつくようなことはしなかったが、金剛爆斧を杖代わりにして立っているのが精一杯だった。

 

「何とか追い返したが、山越は油断できない相手だな」

 

 ここを任された華雄は一刀に戦いを十分に堪能できたことに感謝した。

 

「よし、陣の再編をして今のうちに休め」

 

 満足にそうな笑顔を浮かべながら華雄は自軍の再編成を行い、再襲撃を警戒しつつ休む事にした。

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 そしてもう一軍を率いていた悠里と京は三つの伏兵を柔軟な対応ですべて跳ね返し、城から数理まできて軍を止めた。

 

「ここまで行けばもういいかな?」

 

 病み上がりの身体で大暴れしただけに疲労感を漂わせていた京は地図を開いている悠里に進退について聞いた。

 

「たしかに一刀くんから指示されたことは十分に達したと思います。それにここまで敵を追いかけて伏兵を三つですから、そろそろ後退をしてもいいでしょう」

 

 これ以上の追撃は兵に過度の負担を負わせる事になってしまうため兵を引く準備を始めた。

 

「それにしても」

 

「うん?どうかしたの、子瑜さん?」

 

「いえ、少し気になる事がありまして」

 

「気になる事?」

 

 悠里は自らこの追撃戦を受けてからというもの、一刀が自ら出陣することに未だに何かが引っかかっていた。

 

 自らが出陣してまで山越の拠点を落とす意味が見えなかった。

 

 それでも出陣したことに何か裏があるのではないかと考えていた。

 

「旦那はああ見えても無茶しそうだしね」

 

「ええ。雪蓮様がいてくださればこのようなことはなかったのでしょうけど、ここでは一刀くんが最高位です。命令には不服でも従わなければなりませんでしたからね」

 

 自分達では考え付かない事をしている一刀が不安で仕方なかった。

 

「子義さん、まだ軍を率いる余裕はありますか?」

 

「少し休めば問題ないよ。それがどうかしたの?」

 

「いえ、私の思い違いならいいのですが、どうしても引っかかるものがあるのです」

 

 戦場など似合わない一刀が自分から進んで危険な場所へ赴くには何かある。

 

 そう結論付けた悠里は命令違反を冒してでも確認しておく必要があった。

 

「それでどこにいけばいい?」

 

「極秘に一刀くんの向かった山越の拠点です。ただし、何があっても合流はしないでください。あくまでも遠巻きに様子を伺うだけでいいです。それが終われば戻ってきてください」

 

「了解。で、子瑜さんはどうするの?」

 

「私は一度城に戻ります。そして風さんに聞いてみます」

 

 あの場で一人だけ冷静な態度をとっていた風が何かを知っているのではないかと悠里は推測していた。

 

「どうやら私達はただ戦うだけでここにいるわけではないような気がするのです」

 

 そう考えると一刀の態度の変化、出陣、それらが一つの道に繋がっている。

 

 悠里は地図を閉じて自分達が進撃して来た道の方を見た。

 

「一刀くん……」

 

 自分の左手の薬指にそっと右手を当てて、一刀が無事であることを願った。

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 京が一刀達の目指した拠点に向かっている頃、その砦では殺戮という名の一方的な光景が広がっていた。

 

 恋はただ目の前に写る山越兵に一片の慈悲も与えることなく斬り捨てていくその光景は軍を指揮していた音々音に声を掛けさせる余裕を与えなかった。

 

 返り血を浴びても全く怯むことなくただ、握り締めている方天画戟を振るい続けた。

 

「化け物……」

 

 その様子を見ていた尤突は自分が戦ったときの恋とは全くの別物のように感じていた。

 

 怒りに任せて次々と味方を斬り捨てていく恋に今の自分が立ち向かっても、同じように屍を晒すしかないと思い、出て行くことを硬く禁じていた。

 

「お前達、許さない」

 

 多くの山越兵を斬り捨てて体力が落ちているはずの恋はまったくその刃を緩める事はなかった。

 

 勇敢さでは負ける事のない山越兵ですら恋の闘気を超えた殺気に触れると、立ち向かっていく事に躊躇していた。

 

「こないなら恋からいく」

 

 逃げる事も降伏する事も許さない恋。

 

 そんな彼女に対して悲鳴交じりに槍や剣を構えて突っ込んでいく山越兵。

 

 勇敢な仲間を少しでも助けようと矢を放つが、それすら恋は風のように舞い矢を放った者達の前に降り立つと無慈悲な一撃を与えていく。

 

「許さない」

 

 突き刺さっていた剣を引き抜き、視線のあった山越兵に投げつけると同時に別の山越兵を斬り捨てていく。

 

「恋殿……」

 

 音々音は初め見る恋のあまりのも豹変した姿に身体を震わせていた。

 

(ねねでは恋殿をお止めすることすら出来ないです。でも、ヘボ主人がいてくれるのであれば……)

 

 一刀がいれば彼女を止めることが出来る。

 

 そしていつものように愛くるしいほどまでの穏やかで大食いの恋に戻ってくれる。

 

「ヘボ主人……」

 

 音々音はいつも口では文句を言っていた一刀の存在がこれほどまでに自分達に大きな影響を与えている事を思い知らされた。

 

 だからこそ生きていて欲しいと望んだ。

 

「ねねはねねのやることをするのです」

 

 いつまでも考えていては何も解決しないと結論付けた音々音はある事をしようと決めた。

 

「そこの兵士」

 

「はっ」

 

「ねねはしばらくの間、用事があるのでここから離れますが、お前達は恋殿をしっかり見ておくのですぞ」

 

「はっ」

 

 そう言い残して音々音は単機、一刀と真雪、それに梅花が落ちた崖へと向かった。

 

 その間にも砦の中は断末魔が響いており、いつしか火の手が上がっていた。

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 初戦は呉軍の勝利に終わったが、その代償があまりにも大きすぎた。

 

 大都督である一刀と軍師の真雪が崖から落ちて行方知れずになったこと、音々音も砦を攻略中に兵士に伝言を残してその姿を消した。

 

 華雄は全身を傷つき、左肩に巻かれた包帯が痛々しさを物語っていた。

 

 悠里も表面的にはいつも通りだが、口を開こうとはせずただ静かに瞼を閉じていた。

 

 亞莎や葵も言葉を失い、ただ泣かないように懸命に我慢していたが、それすら無意味のように目からが涙が零れ落ちていた。

 

 京は悠里の命を受けて山越の拠点へ密かに向かったが、その途中で一刀達のことを知って呆然として戻ってきた。

 

 そして恋は砦を焼き討ちして戻ってきたが、その全身は赤く染まっており湯に浸かることすら拒絶してただ両膝を抱えて一刀の部屋にある寝台に座っていた。

 

 何もかもが終わってしまったかのように静寂だけが彼女達を包み込んでいた。

 

 と、そこへ風がいつも通りにやって来た。

 

 一刀達が行方不明だと知らされた時、風は予め覚悟をしていたためそれほど衝撃は大きくなかった。

 

 だが、三人を除く全員が戻ってくるまで自室に閉じこもっていた。

 

「はいはい。皆さん、今日はご苦労様です」

 

 まるで一刀を失ったことなど気にしていないかのように風は手を叩くと、部屋の入り口が開きそこからこの城にいる侍女達が食事を運んできた。

 

 肉や酒といったものを用意され机の上には広げられた。

 

「一生懸命に頑張った皆さんですから、お残しはないと思いますがしっかり食べてくださいね」

 

 風ののんびりとした言葉に誰も反応を示さなかった。

 

 ある者は椅子に座ったまま瞼を閉じ、またある者は壁に背を預けて、またある者は肩を寄せ合い必死になって嗚咽が漏れるのを我慢していた。

 

「ほら、皆さん、食べないと風が一人で食べてしまいますよ」

 

 それでも見ようともしない全員に風は小さくため息をついた。

 

 そして机の上に置いてある肉を小皿にのせて、それを華雄のもとに持っていった。

 

「ささ、華雄さん。このお肉は絶品ですよ」

 

 両手で肉を盛った小皿を華雄の目の前に差し出すと、華雄は両目をカッと開き差し出していた小皿を肉ごと手で払いのけた。

 

 床に叩きつけられた小皿は無残にもその役目を強制終了させられ、盛られていた肉は恨めしそうに床に散らばっていた。

 

「おやおや、もったいないですね」

 

 無残な姿を晒している小皿と肉を見下ろす風は別に華雄を責めようとはしなかった。

 

 ただ、こう続けた。

 

「まるでお兄さん達を突き落としたかのようですね」

 

 それを聞いた全員が一斉に風に様々な感情のこもった視線をぶつけていく。

 

「貴様!」

 

 華雄は遠慮することなく風の服の襟元を掴み上で持ち上げた。

 

「華雄さん!」

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 葵の声を気にすることなく華雄は両手で持ち上げた風を睨みつけた。

 

「今、何と言った!」

 

「おや、聞こえませんでしたか?まるでお兄さん達を突き落としたかのようですね」

 

 襟元をつかまれて持ち上げられてなお、風は冷静さを失うことはなかった。

 

 逆に華雄は怒りをさらに爆発させていく。

 

「貴様はどうしてそうも平然としていられる?一刀様が今でもどこかで苦しんでおられるのに我々だけが呑気に飯など食べていられると思っているのか?」

 

 今すぐにでも捜索隊を編成してでも見つけ出すべきだと華雄は事情を知ってすぐに風に進言した。

 

 それに対して風は決して顔を縦に振らなかった。

 

「一刀様や魯粛を今すぐにでも探すべきだ。そんなことぐらいお前でもわかっているはずだ」

 

 誰もが思っていることを華雄は声に出して何度も探すようにと進言を繰り返したが結局、今に至るまで何も変化はなかった。

 

 それが急に食事を進めてきたため、華雄は頭に血がのぼった。

 

「今すぐ命令しろ。一刀様を探せと」

 

 風は華雄の愚かまでにもまっすぐな言い様に感心したが、その命令を出す事はなかった。

 

「ならばここでお前を殺してでも私は探しに行く」

 

 首を絞めようとする華雄に葵が慌てて飛び込んできた。

 

「華雄さん、落ち着いてください!」

 

「これが落ち着いていられるか!」

 

 葵は必死になって華雄から風を解放させようとするが力任せの華雄にはびくともしなかった。

 

「亞莎さん、悠里さん、太史慈さん、止めてください」

 

 だが葵の言葉に賛同するものは誰もいなかった。

 

 それだけに一刀を失ったという事実が大きすぎたためであった。

 

「もう一度言う。一刀様を探せと命令しろ!」

 

 華雄の最後通告に風はやはり態度を変えることも、命令をすることもせずただ彼女を見下ろしていた。

 

「そうか……。ならここでお前を殺して自由にさせてもらう」

 

 そう言って床に風を叩きつけようとした瞬間、誰かが華雄を後ろから羽交い絞めにした。

 

「だ、だれ…………り、呂布!?」

 

 返り血を浴びたままの恋が悲しみに満ちた表情を浮かべて華雄を止めていた。

 

「華雄、ダメ」

 

「何がだ!」

 

「風を離す」

 

 力を込める恋に華雄は何か言いたそうにしていたが、諦めて風を降ろして手を離した。

 

「すまない……」

 

 華雄はそう風に謝り自分がしでかしたものを見下ろした。

 

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 風は華雄の気持ちが痛いほどわかっていただけに、彼女のとった行動は別に非難されるようなものではなかった。

 

「風」

 

 恋は今にでも泣きそうな表情を浮かべながら風を見る。

 

 一刀を守れなかった自分の非力さと悔しさによって今にでも崩れてしまいそうな恋を風は手を伸ばして優しく真紅の髪を撫でた。

 

「恋ちゃんのせいではないですよ。お兄さんが少しどじなだけですから」

 

 こんな時ですら風は一刀のせいだと言う。

 

 そしてそれを聞けば一刀は、

 

「ひどいな〜」

 

 と言いつつ笑ってくれる事と誰もが思っていた。

 

 今はそれがないだけだったが、彼女達には「だけ」では済ませることはできなかった。

 

「確かにお兄さんのことが心配なのはわかりますよ。風も許されることならばすぐにでもお兄さんを探したいです」

 

 だが、ここで下手に動けば山越に隙を与えてしまい、戻るべき城を奪われかねない状況なだけに、風は感情に任せて動くことだけは避けなければならなかった。

 

「では風さんはこのまま一刀くん達を見捨てよとおっしゃるのですか?」

 

「そうは言いません。ただ、今は動けないというだけです」

 

 あくまでも冷静な態度で風は悠里の問いに答える。

 

「しかしこのままでは兵の士気にも関わります。何か対策を講じなければそれこそ山越に隙を与えてしまいます」

 

 内通者の存在もあることを改めて問うと、それに対して涙を拭った亞莎が風の代わりに答えた。

 

「内通者は兵力分散をしたおかげで何とか見つけることは出来ました。ただ、今はまだ捕縛する時ではないと判断して泳がせています。もちろん、監視もつけております」

 

 それも一刀からの指示だと風は付け加えた。

 

 悠里は少し考えてからあることを聞いた。

 

「風さん」

 

「はいはい?」

 

「風さんは一刀くんから何か密命を受けたのではないですか?」

 

 自分達には知らされず、風にだけ何かを教えているのではないかと思っていた。

 

 全員の視線を再び集める風は天井を見上げた。

 

「もしそうであればそれでも構いません。ただ、それが一刀くんが身の危険を冒してでもしなければならないのかどうなのかをお聞きしたいのです」

 

 あえて真意を聞こうとしなかった悠里はそれをする価値があるかどうかを知る権利は自分達にもあると思っていた。

 

「お兄さんがこの乱世を収めた天の御遣いです。それに五胡との戦で葵ちゃんを救ってくれました。それが風の答えです」

 

 つまりそれは危険を冒してまで価値があることだと言ったようなものだった。

 

「大丈夫です。お兄さんは風達を置いていくほど薄情ではないですよ」

 

 風はそう言って用意された料理に手をつけていく。

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 悠里は風の言葉に納得を得たとは思っていなかったが信じることにした。

 

 自分達に黙ってまでしようとしていることを今は見守ることしか出来なかったため、当面は風の言うとおりに動くことにした。

 

「それにお兄さんが死んだなどと風は信じていません。ねねちゃんが行方不明になったのもおそらくお兄さんを探しているからだと思いますよ」

 

 音々音であれば多少の困難も乗り越えられると風は思っていた。

 

 問題は一刀を討ち取ったと解釈され山越がそれに乗じて大挙して攻め込んでくることだった。

 

「当面は篭城戦になると思いますから今のうちにたくさん食べておきましょう」

 

 一人食べ続けている風を見て悠里、京が少しずつだが料理を口にしていく。

 

 亞莎と葵もなんとか口にしようと軽めに食べていくが、恋と華雄だけは手をつけようとしなかった。

 

 華雄は自分の短慮さを恥い、恋は一刀達を守れなかった自分を許そうとしなかった。

 

 そんな二人を風は小皿に料理を山盛りにして持っていった。

 

「風が言うのもなんですが、お兄さんが戻ってきたら思いっきり今回のことを盾にとって従わせるのもいいと思いますよ」

 

「一刀様にそんなことできるわけないだろうが」

 

「(コクッ)」

 

「おや、風はしてもらおうと思っていますよ。それだけのことをお兄さんはしていますからね」

 

 風の中で一刀は無事に戻ってくると決め付けていた。

 

 そして後日の楽しみを二人に話していく。

 

「どうしてそこまで楽観的に物事を考えられるのだ?」

 

 自分達が今どのような状況であるか知っていながら陽気に振舞っている風が理解できない華雄。

 

「一刀様達のことを考えていたらそんな先の話など無意味ではないのか?」

 

 全ては一刀がいてこそ意味のあるものばかりであり、いないのであれば未来を描くなど無駄なだけだと華雄は風に言う。

 

「華雄さんの気持ちは風とてよく分かっています」

 

「なら」

 

「それでも風はお兄さんを信じています。信じているからこそ風は取り乱したり、感情的になってはならないのです」

 

 生きて帰ってくる。

 

 自分の心にどれほど傷を負うとも信じなければ何も出来ない。

 

 だからこそ誰でもない風にだけ一刀はある意味で彼女を苦しませることになるとわかっていていながらも自分の考えを教えたのだった。

 

 この場にいる誰よりも感情を爆発させてもよかった。

 

 だがそれをしてしまえば誰も彼女達の暴挙とも思える行動を抑えることが出来なくなる。

 

 気丈に振舞う風に華雄は膝をつき、両手を合わせて礼をとる。

 

「程c殿の指示に従うことをここに誓約する」

 

 冷静になればなるほど風が一番辛い気持ちなのだということを察した華雄は風の指示に従うことを決めた。

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 その夜。

 

 風は一刀の部屋にある寝台で蹲って眠っている恋の頭を撫でていた。

 

 あの後、ほとんど会話もなく適度に食事を済ませた全員はそれぞれの部屋に戻っていった。

 

 そんな中で恋を連れて風は湯に入った。

 

 初めは拒んでいた恋も風の気長な説得に折れ、風によって汚れた身体を綺麗に洗い流された。

 

 湯に浸かっても恋の表情は良くなることなく、ただ一刀のことばかりを思っていた。

 

 着替えを済ませた恋は風と一緒に一刀に部屋に行き、何も言わずにただ一刀の温もりを探すように寝台に上っていつしか眠っていた。

 

「恋ちゃんにとってお兄さんはなくてはならない人なのですね」

 

 風にとっても一刀はなくてはならない人であることは変わりなかったが、恋は雪蓮と同等、もしかしたらそれ以上に一刀に依存しすぎている部分があった。

 

 褒められた時の喜び、美味しい物を食べさせてくれた時の感謝、優しく抱きしめられた時の幸せに満ちた笑顔、その全ては一刀がもたらしたものだった。

 

 それが今は蹲り、ただ自分の身体が覚えている温もりを逃がさないようにしている恋の姿は痛々しいものを感じさせていた。

 

「お兄さん、あまり風の予想を超える行動は控えてくださいね」

 

 ただでさえ、空中分解しそうになっただけにこれ以上の予想外な出来事が起きないように願うしかない風。

 

 そこへ誰かが静かに部屋に入ってきた。

 

「おや?」

 

 殺気も感じられなかったためか、風は別に警戒心を持つことなくその侵入者の方を見た。

 

 そこに立っていたのは葵だった。

 

「眠れないのですか?」

 

 眠っていたというよりも完全武装をしている葵に風は冗談ぽく言う。

 

「風お姉ちゃん、お願いがあります」

 

「はいはい?」

 

「私に一刀さん達の捜索をさせていただけませんか?」

 

 風が予想していた通りの問いを葵は言ってきた。

 

「お姉ちゃんの言いたいことは十分わかっているつもりです。でも、このままだと兵の士気は落ち続けて逃亡者も出かねません」

 

 華雄や恋のような名の知れた武将が動けばそれだけで不審に思われてしまうが、葵のようなある意味無名の将が動いても大したことないと思われる。

 

 そう考えた葵に風は黙って聞いていた。

 

「お姉ちゃん」

 

「…………一つだけ約束してくれますか?」

 

「はい」

 

「では、お兄さんを見つけても無理に引き戻さないでください。たとえどんなことがあろうとも絶対にですよ」

 

 葵はどうしてか質問をしようとしたが、何か策があるのだろうと納得して出て行った。

-13ページ-

 部屋を出て葵を待っていたのは華雄と京の二人だった。

 

「華雄さん、太史慈さん」

 

 二人は葵のように完全武装はしていなかった。

 

「どこにいくんだ?」

 

「そんな格好をしているってことは旦那達を探しに行くのかい?」

 

 今更隠しても無駄だと思った葵は正直に頷き、二人の間を歩いていく。

 

「待て」

 

 華雄は葵を呼び止めた。

 

「一人でずるくないか?」

 

「そうだよ。オイラ達だって旦那達のことですぐにでも飛び出したいのに抜け駆けだよ」

 

「わかっています。わかっていますけど、じっとしていられなかったのです」

 

 風と同じぐらい大好きな一刀を自分の手で見つけて助け出したいと葵は思ったからこそ行動に出た。

 

「ずるいが、お前が動くのであれば文句をいうつもりはない。ただ、私達とも約束をしてくれないか」

 

「約束ですか?」

 

 葵は頷き二人からの約束事を聞く。

 

「無茶だけはするな」

 

 それは華雄にとって相手を心配する言葉だった。

 

「華雄さん?」

 

「お前も一刀様の側室だ。だから同じ側室して心配をしているだけだからな」

 

 子がいなくても愛する気持ちは変わることのない華雄と京にとって、葵も大切な者であることに違いなかった。

 

「あと陳宮のやつが腹をすかせているはずだ。これを持っていってやれ」

 

 そう言って包みを差し出す華雄。

 

「たぶん、あのチビは今頃、泣きべそをかきながら一刀様を探しているのだろう。その根性を評して私が作った物だ」

 

「華雄さんが!?」

 

 それに驚いた葵は慌てて手で口を押さえた。

 

「なんだ、姜維?」

 

「い、いえ……別に」

 

 あの地獄のような炒飯を思い出した葵はそれを食べる音々音を心の中で手を合わせてその冥福を祈った。

 

「とにかくだ。陳宮を含めて三人を頼むぞ」

 

「信頼しているからね」

 

 二人の武勇に優れた武将から励まされる葵は元気よく頷いて礼をとって廊下を小走りに去って行った。

-14ページ-

 葵と入れ違いに風が部屋から出てきた。

 

「これでいいのか?」

 

「おや、風は何も言っていませんよ?」

 

 のんびりと答える風に華雄達は笑みを浮かべる。

 

「風はただ葵ちゃんにお兄さん達の安否を確認させるために極秘に行かせただけですよ」

 

「無事でいてくれるだろうか?」

 

「それはお兄さん達次第ですね。それに魯粛ちゃんの他にも運よければもう一人味方になってくれるかもしれない人がいると思うので心配はないですよ」

 

「程c」

 

「はいはい?」

 

「私や太史慈にできることがあればすぐに言え」

 

 大雑把に動く方が内通者を通じて山越にも情報が流れるのであればそのほうがいいと華雄は言った。

 

「では、お二人にはお望みどおりに動いてもらいますよ」

 

 風の目が怪しく光る。

 

「華雄さんは五千の兵を率いて先日戦った場所から先へ侵攻してください。もし山越がそれにあわせて動けば一戦して蹴散らした後、攻め込んでは退くを繰り返してください」

 

「それだけでいいのか?」

 

「はい。それだけでもこちらに策があると思わせるのです。そしてその間に太史慈さんには三千の兵を率いて右側から華雄さんを支援してください」

 

 二つの部隊が連携して山越を翻弄する策に華雄と京は満足そうに頷いた。

 

「最後に諸葛瑾さんに一万の兵を率いてお二人の支援をしていただきます。もちろん、その時にはお兄さんの旗印を掲げておきます」

 

 あくまでも天の御遣いが健在であると思わせて山越を混乱させる策。

 

 元魏の軍師だけあって策を考えることに関しては二人を凌駕していた。

 

「風は亞莎ちゃんと一緒にこの城を守ります」

 

「まて、呂布はどうするのだ?」

 

 三国一の武勇を誇る恋の名が挙がらなかったことに二人は風が言い逃したのかと思ったがそうではなかった。

 

「恋ちゃんは今の状態で戦場に立たせるわけにはいかないのですよ」

 

 立てば容赦のない殺戮が起こり、それでは山越に無駄な警戒心を持たせてしまいこちらの動きが難しくなる。

 

 そして悲しみ沈んでいる者を戦場へ借り出すには余りにも非情と思えたためでもあった。

 

「恋ちゃんが活躍するのはまだ先でいいのです。今はゆっくりとお休みしてもらいます」

 

 風がそう言うならばと二人は納得した。

 

「しかし、一刀様がいないとこんなにも我々は脆いものなのだな」

 

 改めて自分達にとって北郷一刀という存在が大きいかを痛感した。

 

「お兄さんに弄ばれた風達ですから」

 

「まったく」

 

 呆れながらも華雄と太史慈は笑みが戻った。

-15ページ-

 だが、作戦を決行する前に問題が発生した。

 

 一刀がいないことで不安になった兵士が脱走を始めたのだった。

 

 戦時下で脱走を許せば自分達の命運も尽きてしまうと必死になって引きとめようとするが、脱走は後を絶たなかった。

 

 一刀が拷問などを硬く禁じているために、どうする事も出来なかった風達は残ったものには食料などを惜しみなく与えた。

 

 それでも脱走兵は続き、気が付けば遠征軍の半分はいなくなっていた。

 

 残ったのは元々いた守備兵二千、一刀の親衛隊二千、それに各将の直属部隊をあわせた一万二千だった。

 

「これだけ残ったのは運がいいとしか思えませんね」

 

 どことなく呆れている風は兵士達を非難するつもりはどこにもなかった。

 

 それだけに北郷一刀という人物に頼りすぎていたということを実感させられていた。

 

「しかし、このままではどうする事も出来ないよね」

 

 せっかくやる気を出していた華雄と京の落胆振りは激しいものだった。

 

「偵察に出した者からの知らせではすでに山越の軍勢はこの城から十里ほどまで近づいています。兵力はおよそ十万」

 

 予備兵力まで動員してきた山越の大軍に誰もが息を呑む。

 

「葵ちゃんも出て行ったきり戻ってきません」

 

 亞莎は呉に来た葵と一番に友達になっただけに心配で仕方なかった。

 

「今は篭城するとしましょう。幸い、まだ食料も武器もあります」

 

「援軍を求めてはどうですか?」

 

 悠里は常識案を提案したが風は顔を横に振った。

 

「お兄さんが行方不明などとわかれば蓮華さんばかりか雪蓮さんまで来てしまいます。そうなってしまえば全面戦争になることは目に見えています」

 

 それだけは何としても避けなければならないと風は思っていた。

 

「しかし、このままでは……」

 

 篭城するにしても内通者を監視しているとはいえ、いつそれが致命傷になるかわからない為、不安を隠し切る事は出来なかった。

 

「今はじっと耐えましょう」

 

「いつまで?」

 

「お兄さんが無事だとわかるまでです」

 

 生きている事を疑わない風の言葉に悠里達は何も言わなかった。

 

「華雄さん、太史慈さん、申し訳ないですがしばらく交代で見張りをお願いできますか?」

 

「ああ」

 

「いいよ」

 

 二人とも出撃できると思っていただけに数多の脱走兵のために出来なくなってしまったことを悔やんでいたが、今は素直に風の言葉に従っていた。

 

「大丈夫です、きっとお兄さんは戻ってきますよ」

 

 その言葉はまるで自分に言い聞かせるように風はつぶやいた。

-16ページ-

(おまけ壱)

 

 音々音は思った。

 

「ここはどこなのですか〜〜〜〜〜!」

 

 虚しく響き渡る彼女の声は夜空に浮かぶ月すら答えてくれなかった。

 

 今の音々音は絶賛迷子中だった。

 

 服や帽子は森の木や枝で擦り切れ、顔や手は泥だらけになっている音々音はなぜ自分がこうなったのか考える。

 

「これも全てヘボ主人のせいですぞ!」

 

 不覚にも崖から下に広がる森に落ちたせいで彼女の敬愛する恋は大暴走をして砦一つを丸ごと破壊し尽した。

 

 それを止めるべく音々音は一人、一刀を見つけに行ったまではよかった。

 

 森に入ると木の枝に服を引っ掛けて破り、馬から下りて一休みしようとしたら豪快に落ちて、その音に驚いた馬が音々音を置いて走り去ってしまった。

 

 空腹を満たそうと野生のキノコらしき物を口にすると酷い下痢に襲われて半日ほど悶絶していた。

 

「ヘボ主人のせいですぞ!」

 

 何かが起こるたび音々の口癖になってしまった。

 

 それでも城に戻ろうとは思わなかった。

 

 いつもの恋に戻せるのは一刀だけだと認めるしかなかっただけに、ここで諦めればそれこそ自分は恋にとって必要のない存在になると思った。

 

「恋殿待っていてくだされ!この陳公台が必ず恋殿のもとへヘボ主人を連れて戻りますぞ!」

 

 力強く宣言すると、それに答えるかのように向かいの草林が大きな音を立てて近づいてきた。

 

「ヘボ主人!そんなところにいたのですか!」

 

 音々音は目を光らせ臨戦態勢をとる。

 

 音は大きくなって一気に静かになった。

 

「そこ!」

 

 音々音は現役のサルも驚くほどの速さで木に登り、枝に足を掛けると必殺技を繰り出した。

 

「ヘボ主人、覚悟するのですぞ!」

 

 勢いよく跳んだ音々音。

 

「ちんきゅーきーーーーーーーーーーっく!」

 

 遠い未来の仮面をつけたライダーのごとく音が最後に止んだ場所へ『ちんきゅーきっく』をお見舞いした。

 

『ドンッ!』

 

 確かな手ごたえを感じた音々音の表情には笑みが浮かんだが、『それ』が出てきた瞬間、全身の血が一気に抜けていく感じがした。

 

 『ちんきゅーきっく』をもろに受けたそれは白い虎だった。

 

 当然、顔面を蹴られて大人しくしている猛獣などこの世の中にはいない。

 

「がおーーーーーーーっ!」

-17ページ-

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

 

 音々音は泣きながら全力で白い虎から逃げていく。

 

 白い虎も音々音を追いかける。

 

「恋殿〜〜〜〜〜助けてくだされ〜〜〜〜〜!」

 

 音々音はそう叫びながら城とは別方向へ走っていった。

 

 そして静けさが戻った頃、草林がまた揺れた。

 

 出てきたのは完全武装をした葵だった。

 

「おかしいなぁ。確かこっちで誰かの悲鳴が聞こえたのに」

 

 すでに誰もいなくなったその場所を歩くと、ある物が葵の目にとまった。

 

「これは?」

 

 拾い上げたそれは白い切れ端のようなものだった。

 

「もしかして、これは一刀さんの!」

 

 よく見ると端のほうが赤く染まっていたので一刀の制服に間違いないと葵は確信した。

 

「一刀さん、この近くにいるかもしれない」

 

 周囲に注意を向けて人の気配を探るがそれらしきものは何も感じられなかった。

 

「確か矢傷を負って落ちたといっていたから……」

 

 重傷を負っていることは確かだが、死んだとはとても考えられなかった。

 

 風の言葉を信じている葵は一刀が生きている事を心の中で思った。

 

 そして彼女にとって大きな手がかりが手に入ったことには違いなかった。

 

「待っていてください、一刀さん、魯粛さん、それにねねさん」

 

 葵は他に手がかりがないか丹念に周辺を探し始める。

 

 その様子を木の上から気配を消して見守っている者がいた。

 

 葵が何かを探している様子をただ静かに見守り、そして何をしているのかを観察していたその者は何が起こっているのか冷静に判断した。

 

「そういうことですか」

 

 大体の事情を把握したその者は葵に気づかれる事なくその場から姿を消した。

-18ページ-

(座談)

 

水無月:ふと思いました。

 

穏  :何をですか?

 

水無月:今の山越編、自分でも驚きのページ数になっています。

 

穏  :何を今更驚いているのですか〜。初めからわかっていた事だと思いますよ〜。

 

水無月:(滝汗)

 

亞莎 :でも、予定では六話で終わるはずですよね?

 

水無月:この勢いはおそらく八話までかかりそうです。

 

穏  :延長戦ですね〜。

 

水無月:まぁこの話は本当に長いので読んでくださる皆様には感謝の言葉をいくら言っても足りないぐらいです。

 

穏  :次回はいよいよ行方不明の一刀さんが出てきますね。

 

亞莎 :ますます混迷を深めていく山越編です。

 

水無月:というわけで夏休みも残り僅か。(私には関係ないですが)皆様もお体には気をつけてくださいね。次回は山越編第五話です。

 

穏  :それではまた次回まで〜♪

説明
山越編第四話です。
今回は一刀がいなくなったことで訪れる呉軍の内部危機、そして音々音の危機です。

絶大な存在がいなくなれば組織というものはこうも簡単に分解してしまうのだと思いつつ書きました。

今回も長いですが最後までお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
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コメント
また被害者がでるかもな(杉崎 鍵)
Poussiere様>ねねは何気に行動派かもしれないとふと思ったりします。(minazuki)
零壱式軽対選手誘導弾様>難しい話でどうしても悩みながら書いてしまい遅くなってしまいました(><)(minazuki)
jackry様>一刀次第で今後が変わるかもしれません。(minazuki)
しかし、ねねがここまで行動を起こすとは・・・・・さて、どうなるのやら〜愉しみですな^^w(Poussiere)
続きを早くよみたいっす(零壱式軽対選手誘導弾)
キラ・リョウ様>もしかしたら一番のピンチですね。(minazuki)
まーくん様>最後まで予断が許されない状況ですから、奇跡が起こってほしいものです。(minazuki)
フィル様>勇気というなの無謀?(minazuki)
紅蓮様>ねねが無事に戻ってこれることを祈りましょう(´ω`)(minazuki)
クォーツ様>この山越編は前半は風が主役ぽくなっています。(あれ?)(minazuki)
munimuni様>クリーンヒットしましたからね〜。(minazuki)
nanashiの人様>ただいま続きは製作中です(><)b(minazuki)
Nyao様>ねねならできるはずです!(minazuki)
motomaru様>一刀を探せ!(Lv8)(minazuki)
とてもピンチですね、一刀どこえ行ったんだぁ!!(キラ・リョウ)
ねねwwwそれにしても物語の展開が魏ルートの仲間たちが一同に集う場面を彷彿させますな、熱い展開大好物ですw(まーくん)
陳宮、勇気あるな〜www(フィル)
他VS風たった一人のやり取りに感動しました。風は強いですね。最後まで頑張って下さい此処まで来たらグダグダはなしですぜ 次作期待(クォーツ)
面白い おもしろいぞぉぉ!!  ・・・・・・で、続きマダー?(´・ω・`)(nanashiの人)
頑張って一刀を見つけるんだ音々音・・・。(Nyao)
一刀の戻るタイミングが鍵だね〜〜。次回も期待しています。(motomaru)
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