緋色の君、緋色の約束 |
咲は、ボクに背を向けて窓の方を見た。夕方の学校はどこか神秘的な雰囲気を出していた。埃や机の表面でさえ、その神秘的な光を受けて緋色に輝いていた。
唐突に、咲は言った。
「外、行こ?」
グラウンドに出ると、咲自身も緋色の夕日を浴びてキラキラ光っていた。グラウンドにはもう誰もいない。今日は、卒業式。午前中いっぱいで終わりなのに、残っていたのは僕たちだけだろう。だからこそ、今日にした。咲の茶色の髪は、より透きとおった茶色になった。グラウンドの砂も、一粒一粒が神秘的に輝いていた。
「これで、終わりだ」
グラウンドの中心でボクは言った。顔が歪んでいたかもしれないし、その言葉自身震えていたかもしれない。咲は、そんなボクに優しく笑ってみせた。
「終わり……そっか、終わりなんだね」
咲は、笑顔を絶やさぬままにそう言った。優しい顔、震える唇。ボクは、この澄んだ顔を忘れない。
「でも、メアドはあるからさ。ヒマだったらまた一緒に……」
ありえないと知りながら、それでも咲は言った。ボクは、泣きそうになりながら言った。
「無理って知ってていうなんて酷いな」
ボクは、今日を持って海外へ行く。これでも伸ばした方なんだ。卒業式まで待ってくれ、と家族に懇願した。そして、もう、旅立つ。多分、ここには戻ってこないと言った。住めば都よ、と母さんは言ったけれどそこに咲はいない。例え向こうでまた彼女が出来ても、咲と同じ人なんていない。ボクは、咲が……。
「何で、無理って決めつけるの。一生、忘れないわ。だから、大人になって、自分で稼いでまた私の所へ来なさい」
痛いほどの気持ち……
「咲……。うん、約束する。ボクも、忘れないよ……」
学校に無情なチャイムが鳴る。何もかもが緋色の世界に夜の闇世界が侵食する。もう、彼女の髪はいつもの茶色。グラウンドの砂も黙りこくっている。でも、きっとボクがこの場面を思い出すのはさっきの緋色の世界。
「緋色の約束……」
そうつぶやいたボクを、咲が見つめる。
「緋色の約束?」
そう、とびっきりのマジックの種明かしを求めるように。その顔には、少しの不安と、大きな期待があった。
「そう、ボクは、今日の約束を【緋色の約束】と呼ぶ。そして、絶対に忘れない」
あはははは、と咲が笑ったのでびっくりした。酷いな、笑うなんて、と言おうとしたところで咲の右目に涙が浮かんでいるのが見えた。
「私もそう呼ぶ。大丈夫、きっとまた会えるわ。あははは」
「バイバイ、咲」
「ええ、バイバイ」
小さく手を振ってボクらは分かれた。大丈夫さ、また会える。【緋色の約束】を胸にボクは行く。
一人、ぽつんとグラウンドに残った私はほぉっと息をついた。
「これで、よかったのかな?」
緋色の約束をした事。後悔はしていない。でも、もしそれが叶えられなかったら、彼……正人は苦しむだろう。自責の念にそんな小さなことでも捕らわれるのだろう。だからこそ、
「これで、本当に良かったのかな?」
やっぱり答えはない。
もう空は暗い。星々の瞬きが泣けるほど切ない。それは、空に反発しているようで。空の、どこまでも続く暗さにただ馬鹿みたいに反発しているだけのような気がして。
本当は、後悔しているのかも、と思う。あの空の分だけ、私は後悔している。星の瞬きは私の強がり。誰よりも大切にしたい人を大切に出来ない自分はひどく駄目な生き物だと思う。
「あはは……っ」
自らの乾いた笑い声。それと同時に涙が出た。頬をつたって落涙。一滴流れると次々に。それは、正人がいなくなった悲しみの涙でもあり、自分を責める後悔の涙でもあった。しかし、それと同時に違う思いも出てきた。だから、それを口にしてみる。
「正人、待ってるよ。ずぅっと待ってる」
私には、もう変えられない決定事項。それが緋色の約束だというのなら、私もそれを信じようかな、なんてふっきれた意見がむくむくと芽生えた。
「絶対に、私、忘れないからっ!」
空の星は夜に負けていない。夜よりもずっとみんなの目に留まる。確かに広いかもしれないけれど、星はそんなのお構いなしに光り続けるから。ずっとずっと、その命燃え尽きるまで光り続けるから。私も、燃え続けよう。
そう思ったとたん、私には煌々と見えた。緋色の中で微笑む正人が。緋色に、自身も輝かせている彼が。
「それじゃあ、バイバイ」
グラウンドの出口へゆっくりと歩いてゆく。もう、ここには来ない。その約束、完遂される日まで。
ギュッと自分の服を握る。正人が消えた方向へ咲も消えたのを目で見た後に自分の体が感動とかなしさといいようのない思いとで小さく震えるのが分かった。
「見ちゃ、いけねぇよな」
始まりは簡単だった。卒業式の今日、教室の掃除用具入れに隠れて先生の出て行くのと同時に俺も出たい。それだけだった。バカを一緒にやる仲間はいなかったから一人で実行した。でも、教室が緋色に染まるその時間。二人は微妙な距離を保ったまま教室へ入ってきた。掃除用具入れの小さな隙間から2人を見る。
緋色に染まる2人はあまりに美しく神聖だった。それこそ、自分の息がつまるほどに。その2人は外へ行こう、という会話をした。俺は二人の会話を聞こうと次は屋上へ向かったのだ。
彼らの話は聞こえた。正人だって悲しい。咲だって悲しい。しかし、2人は分かれる。なんて儚い美しい恋なんだろうか。夢のようで、けれど確かにそこにある恋は緋色に輝いていた。
「咲、正人……っ」
声が漏れる。けれど、俺は第三者で二人をくっつけることなんて到底できなくて。もどかしい。息がまた詰まる。けれど、見つめようと思った。最後の瞬間を。最後の時を。最後の愛を。
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