徒然に夜を |
《徒然に夜を》
膝の上で眠る子供と同じペースで舟を漕ぎはじめた男を寝室に追いやり、シーアは嘆息を一つ。
大して意味のある行動ではない。けれど見咎められたのか、微かな笑みを向けられた。
「お前も眠いなら寝ろ」
黒い女は静かに笑むだけ。
「まだ夜は浅い」
「眠いのを堪えて起きている意味はない。それとも、私と飲むか」
「くれるのなら」
茶色い、わりと上等なアルコールの壜に同意を示す。
紙をめくる手を止め、サヴィーアはうっすらと微笑んだ。
「グラスを持ってこい。そうすれば、やる」
ややの間を置いて運ばれるのは厚手のガラス製で、お世辞にも「グラス」ではないコップ。けれど女は無造作に過ぎない手つきで注ぎ、白いシーアと黒いサヴィーア、二人のそれぞれの二つの言葉がそれぞれ「乾杯」と言う。
「お前は酒で酔えるのか」
「いいや。身の内の毒は酒より強い、私は酔った事はない」
「じゃあどうして飲む」
「飲みたいから。それだけだ」
口を閉ざし、この女は酒も薬も同じだけ効かない。だがそれはお互い様だ、自分も酒に酔える事はない。
「……サヴィーア、何かあったのか」
「何がだ」
「お前が飲むのは水の代わりの酒だ。食事時以外に飲む事はない。それが今、飲んでいる」
「……お前たちは」
グラスをサイドテーブルに置く。中の液体が微かな音を鳴らした。
「お前たちは、お前たちの星で人を祝うのはどんな時だ」
女も言葉はただ静かだった。苛烈な剣を振るう女のそれとは思えないほどの。
「なに?」
「個人的な祝いだ。その者が何をすると祝われるか、教えてほしい」
何を言いたいのだろう。しばらく考え、言葉通りの意味でしかないと気付くのにたっぷり一分要った。シーアは眼をしばたき、考えながら言う。
「まあ産まれれば祝い、立てば喜び、誕生日にイースター、クリスマス……要は何だっていい。祝いたいと思えば祝う。そんなものだ」
「そうか」
「お前たちは、魔の星の者はいわゆる『ハレ』に祝うか」
「他の星は知らない。だが私の星は子が産まれると私たちの神に感謝し、健やかに育てと幸を祈念する。祝うのは《開きの季節》の訪れと、収穫の時期の……小さな畑に過ぎないが、それでも稔りの季節には祝う。個人の喜びには感謝の祈りこそ捧げ、祝いはしない」
「星によって違うものだな」
ああ、と微かな声が承諾を示す。
黒い女は酒を口に含む。
「今日は私の部族が消えた日だ」
時に遠回しな物言いを好む女のこの言葉はただ直接的だった。
「そうか」
「私の星の弔いとはすなわち祈りの日だ。ナラカの家(あの世)に迎え入れられた者の平穏と静謐を祈念し、これから迎え入れられる者……今、この世に在る者は先達に恥じぬ生を送らんと志を新たにする」
もっとも、と黒い女は虚無的に微笑む。
「私を迎え入れる席はナラカの家にはない。せいぜいランダの褥(地獄)といったところか」
シーアは壜を取り上げ、無造作に過ぎる造作で酒を注ぐ。
「飲め」
「私は酔えない」
「いいから飲め。飲んで、泣いて、寝ろ」
「なぜだ」
「俺の星の弔いの席では酒を飲んで泣き喚いても許される。ここはお前が生まれ育った魔の世界じゃない、科学のこの世界でまで高潔を装う事はない」
言い、白銀の賢者は自分のコップを持つ。女のグラスを無理に持ち上げさせ、強引に打ち合わせて「乾杯」と言った。
「私は高潔ではない」
「お前は高潔だ。俺には……死を悼む心すらがない」
言い、液体をあおる。
「飲んで、寝ろ」
シーアは一言で言った。
「……判った。そうする」
サヴィーアはそう返した。微笑みながら。
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https://www.tinami.com/view/360624 めちゃくちゃ久し振りにこれの後の話。微妙にリハビリ的な。 酒を飲みながら管を巻く話。 |
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